「じゃあ俺の部屋に行こうか。円、朝飯なんだけど自分の部屋で食べていい?」
「ちょうど良かったね。今日の朝御飯はサンドイッチだよ」
こっちに来た円は、笑顔で朝食が盛られた皿を俺に渡す。
「コーヒーは今淹れてるところだから、出来たら部屋に持っていくね」
「ありがとう円。じゃ行こうか2人共。ん、どうしたの?」
皿を手に取り部屋に向かおうとなのフェを見ると、二人共妙に押し黙ってこっちを見つめてる。
「あっなんでもないよ」
我に返ったなのはが、両手を広げひらひらさせて気にしないでとアピールする。やっぱり俺が朝食まだとわかって気にさせてしまったか。
「さ、ここだよ」
二人を引き連れ自室に戻り招き入れる。
入って早々なのフェは軽く周りを見渡しており、何が言いたいかはなんとなくわかる。
「期待に添えそうもない部屋ですまないね」
「え、そんなことないよ。思っていたより綺麗に整理されてるなって」
「にゃはは。家族以外の男の人の部屋に入るの初めてだったから、つい」
「わたしも男の人だとクロノの部屋くらいしか入ったことないな」
俺の部屋は定期的に円が掃除してくれてるので、人を入れることには何の問題も無い。
美少女もののあれやこれやは、普通なら目に付かない所へと片付けられている。大人向けの危険物はなにより『円から逃げ切る』ため隠し要塞へ厳重に保管されている。
俺は普段使用している椅子も必要ない低めのテーブルに、座布団代わりのクッションを置き、二人を座らせる。
どちらもすぐに勉強道具一式を広げてスイッチを切り替えて、表情も真剣になる。
「さて、それじゃあお勉強タイムと行こうか?」
「うん。さっそくなんだけどここがね……」
元々優秀な二人だ。わからないところにとっかかり程度のヒントを与えてやれば、後は自分達で考えて答えを導きだす。
わからないところが無いなら、俺はサンドイッチをパクついてればいい。
そうしているうちに、円がコーヒーを持ってきてくれた。
「たっ君、コーヒーできたよ。お、ちゃんと勉強見てるんだね。偉い偉い。」
「ありがとう。微妙に引っかかる発言だな」
円がテーブルの3人の前へ静かにコーヒーと砂糖、ミルクを置いてくれる。
淹れたてのはずだか、しっかりと冷やされていて氷もいくつか入っている。コップの外側に付いている水滴が涼しげな演出を手伝ってくれているようだ。
「お手伝いだって、たっ君が真面目に勉強と名前のつくものに精を出すなんて滅多にないから」
「酷い言いがかりだよ円君」
「じゃあたっ君は夏休みの宿題は何処まで終わらせたのかな?」
「あれは学校が始まって、各教科の授業開始までにやればいいんだよ」
高校生の宿題とはそういうものだ。中学生も三年は似たようなものだったけど。
「にゃはは……夏休みの間ですらないんだ」
「駄目だよ、宿題は毎日こつこつやらないと」
小学生に宿題のことで注意される高校生がここにいる。俺の中では、それが普通なんだけどなぁ。
夏休みは休むためにあるはずなのだから、この時期に宿題やってどうすんだ?
それを口に出せないのは、自分で自分の理論が間違っていると理解しているからである。
「なのはちゃんとフェイトちゃんの言う通りだよ!」
「だってぇー、学校の宿題は追い詰められないとやる気出ないんだもん」
円の淹れてくれたコーヒーを飲みつつ、言い訳になっていない理屈で駄々をこねる。
うむ、冷えていても香ばしい風味は全く損なわれていない。流石円だ。
「そうしてギリギリまで放置して、結局間に合わなくなって私にすがりつくんでしょ!」
「失礼なそれは十回中七回くらいだ」
「ほとんどだよ!」
残り三回の内に二回は鏡に見せてもらい、一回は珍しく間に合ってしまうケースだ。
ケースに上がらない修一は使えないのでいらない子。またの名を同じ穴のむじなという。
「ふふ……」
堂々巡りな俺達のやり取りを見ていたフェイトが小さく笑みをこぼした。
「んもぅ、たっ君が馬鹿なことばっかり言うから笑われちゃったじゃない」
「ごめんなさい。そういうのじゃなくて、とても仲良しなんだなって思ったので」
「今はそうでもないと思うんよ、なのはちゃん……。たっ君は大体だらしがないから」
現状の否定と一緒に、人格の否定までされたよ。
「でも、円さんてたっ君の恋人なんですよね?」
「えええええ!?」
またそのお話ですか。
なのはは問いかけながら若干目を輝かせているし、フェイトも少し頬を染めながら円を見ている。どちらも興味津々のご様子だ。いくつでも女の子はこういう話好きだなぁ。
「あー、その話は誰から聞いたかね?」
「美羽ちゃんからだよ」
きゃつか。次会ったらお下げを分解してポニーテールにした上でメイド服を着せて、トドメに写真と動画に収めて愛でまくってやる。
「違うよ。全然違うよ」
「お前はどこのマークパンサーだよ、少し落ち着け円」
「だって毎日たっ君のお家にご飯作りに来て、お掃除やお洗濯全部やってるんですよね?」
「毎日じゃないよ? 忙しかったり予定のある日はたっ君に自分でどうにかしてもらってるし」
「ということは特に理由のない日はいつもお世話しに来てるんですか?」
なのはがつつかれると返しにくい質問をして、フェイトが少ない逃げ道を塞いでいる。ナチュラルなコンビプレイだ。
「それは……そうなんだけど」
「友達ってだけじゃ普通ここまではしないと、わたしは思うのですけど」
なのはのこの言葉が一番厄介だ。俺が円なら絶対こんな駄目人間放置しておくし、ここで何言っても説得力無い。
「それはね、たっ君がとても駄目駄目で、放っておくと朝起きないし、ご飯もすぐコンビニ弁当に頼ろうとするし、部屋も散らかしたい放題で夜中までゲームするし……」
要するに、円という人間は駄目な奴ほど放っておけずに世話を焼きたがる。学級委員あたりに向きそうな性格だ。
そして毎度の事ではあるんだけど、俺凄いフルボッコ。
「だけど、本当に嫌いならわざわざこんなことしないと思います」
わかりやすく正論で突つかれてしまい、フェイトによるこの一言が円へのトドメだった。
「えと、その、それは、時々だけど優しくしてくれることはあるよ? この前だって映画に連れて行ってくれたし。その後ショッピングにも付き合ってくれて、けっこう長い間付き合せちゃったのに文句一つ言わずに荷物持ちもしてくれたなぁ。夕食だってオシャレなレストラン予約してくれてご馳走してくれたんだ!」
「これ、小学生の誘導尋問に引っかかるんじゃありません!」
「うぅ……」
ようやく自分の失態に気付いた円は恥ずかしそうに縮こまった。
しかし、その時のことを思い出しているのか、ちょっとだけ頬を弛めている。
「そんなつもりはなかったんですけど。それって完全にデートなんじゃ……」
円のテンション急上昇が予想以上だったのか、なのはは会話を続けながらもちょい引いてる。
「もぅ、なのはちゃんたらデートなんて、そんなんじゃないよぅ。あ、その前はね、ゲームセンターで」
「だから落ち着けというに」
「ひゃうっ」
また先の勢いが再点火してきた円に、痛くない程度の軽いデコピンを入れて黙らせる。
やれやれ。こいつが満更でもない反応を示すから、話は失速することなく広がり続けるわけだ。
「普段世話になりっぱなしだからな。たまにはこうでもしないと返せやしないんだよ」
伊達に付き合いが長いわけじゃない。こいつの喜びそうなことは大体わかっているのだから、円のご機嫌取りは難しいことじゃない。
しかしあの日は給料日とは思えないくらい財布が軽くなって、ニコニコ笑顔な円の横で焦ったもんだ。万単位のフルコース料理は流石にやりすぎだった。
「じゃあたっ君にとって円さんてどういう存在なの?」
「お母さん」
フェイトの核心をつく質問に、俺は即答する。
あぁ……と思わず納得するなのフェに、また言うかと不機嫌になる円。これに関する話題は大抵ここで決着がつく。
「親孝行はしないといけないだろ?」
「お母さんって言うなー!」
「にゃはは……」
女子小学生に短時間で何度も苦笑いされる高校生がいる。またも俺だった。
円をなだめすかし、この場はなんとか切り抜けて円は家事に戻ってもらう。
俺達は元の目的を果たすため勉強再開だ。とはいえ、質問がなければ俺に出番はない。
サンドイッチを食べ終えた俺はふと机に放置していた手紙のことを思い出した。
改めて手に取ってみた。中の便箋は淡いピンクで、下地に女の子が好んで使いそうな可愛らしい二等身のクマがプリントされている。
わざわざこんなファンシーな物質を直接ポストへテロってくる人間は、脳内データに問い合わせをかけても該当者はいない。
投函し間違えたのか、それともイタズラか? そう当たりをつけながら開封して文面を読み始める。
●
おはようございます。こんにんちは。こんばんは。
とてもお久しぶりです。私のこと憶えていてくれるととても嬉しいな。
でも、忘れていたとしても、私は怒ったりしませんよ?
だって、私にとってはあれはとても運命的な、運命の出会いでしたから。だからあれはとても大事な私の運命なんです。
あなたの運命はあなたの運命で、私の運命との運命的な繋がりがあって、彼女達と彼らの運命は誰の運命だったのでしょうね?
けれどそんなことはどうでもいいのです。
彼女達も彼らもとてもぬるぬるしていて触りたくなくて、彼らの皮膚も肌も全部めくれてもう私に触れることはできないのですから。
全部あなたのおかげです。私が今どうしてこの手紙をあなたに書いたのか。
私はあなたに出会ったけど、あなたはまだ真っ白な私に出会ってないから。
あなたに会う私はいつも黒と赤でとても良くないのです。だからずっと考えました。どうやったら白い私であなたに会えるかと。どうすれば白い私をあなたに見てもらえるかなと。
だからお手紙を書きました。
お手紙なら白い私があなたを見つめることが出来て、私の証をあなたに見せ付けられるかなと思いました。
あなたに私が見えますか?
私は目を瞑るとあなたが見えて、目を開くとあなたを感じます。
息を吸うとあなたが匂って、あなたを嗅ぐとあなたの味がします。
あなたに触ると触られた部分が剥げ落ちて、あなたに触られると触る感触がとてもとろけそう。
私にあなたの証明が出来ていますか?
ずっと会いたいです。
ずっとずっとずっと愛してる愛しています。
あなたががんじがらめにふさいで絡めて押し込んで世界が縮まっていってほしいのです。
伝えて伝えられて繋がりたくて、どろどろしている私の中身が全部全てを変えてしまいたくて私は私で私があなたにスイッチを押して潜んでる私の白を解き放ってくれるのを待っています。
今日のお昼一時に海鳴図書館で、じっとその時を。
●
…………これを日本語通訳ソフトにぶち込んだらジャパニーズが読めるように変換してくれるだろうか?
手の込んだ嫌がらせにも程があるだろ。差出人の名前も無い。なのフェを送りつけた輪廻さんが相反する二段仕掛けをかけるとも思えないから、最有力者は鏡か。
もしこれが本気なら、世界一怖いラブレターとして俺の中で永遠に語り継がれるだろう。
いくら今ヤンデレがトレンドだからってこれはないよ。
べ、別にこんなのもらったからって、これぽっちも嬉しくないんだからね! と、さらなるトレンドツンデレで対抗してみたが、本当に嬉しくない。
九割以上で誰かのイタズラだろうしシカトを決め込みたいところだが、万が一ガチならかなり厄介だ。
無視したことが原因で、これを送ったヤン・デレ子さんが刃物所持して家に上がりこんで来たとする。俺に襲いかかって来るなら逃げながらお巡りさんこの人ですもできるだろう。
だが円とこいつが遭遇してしまったなら話は別だ。また恋人だと勘違いされて刺される可能性がある。
『まさかこんなことになるなんて』はイマジネーションが足りなくて敗北する奴のよくあるフラグだ。これは悪戯覚悟で会うしかないか。
あぁ貴重な休みの一部が、まさかこんな統合失調症患者(仮)に潰されるなんて……。
「何だか可愛い絵だけど、誰からのお手紙だったの?」
「イタズラだよなのなの。最近多いんだよねー、どうせ近所の悪ガキが偽物のラブレターで釣ろうとしてるのさ。まあそのうち飽きてやめるだろ」
「そうなんだ。だけどもし本物だったら、ちゃんとお断りしないと駄目だよ?」
「だから円は恋人じゃないっての」
「円さんの名前は出してないよ?」
「ぐうぅ」
俺まで引っかけられた!? 最近の女子小学生はとんだ策士だな!
「やっぱり意識はしてるんだね」
フェイトがちょっと嬉しそうに話す。こいつらは他人の幸せが蜜の味か。
「当たり前だろ。流石にこんだけ近くにいる上に、周りが騒ぎたてればな」
「たっ君は円さんのことどう思ってるの?」
「ちょっとしつこいよ、ふぇいふぇい」
「ごめん、でもどうしても気になったから。だってわたしには二人共凄く仲いいのに無理矢理否定してるように見えるよ」
今度は少し心配そうな表情に変わる。なのはも同じく。こういうところは二人して妙に大人びている。
特にフェイトが今からこんな心配性で大丈夫なのか? 逆におれはこいつの将来のが心配だ。
「俺にとって円はかけがえのない大事な人だよ。円がいなければ、きっと今頃は誰も信じない根暗なガキになってたさ」
あいつが半分以上廃棄されてた俺の心に、人間らしい感情を与えてくれた。それは疑いようのない事実だ。
「けどね、それが男女の愛や恋に発展とは限らないんだよ。なのはにとってのユーノに近いかな」
「そうだね。わたしもユーノ君がいなかったら、きっとフェイトちゃん達や魔法とも出会えなかったわけだし」
「なのは……」
「フェイトちゃん」
あれれ、なんか俺をダシにしてらぶらぶモードに入りやがりましたよ? しかも一番恥ずかしいのは、変な告白した俺だし。
「ま、結ばれるだけが愛じゃないのさ」
なのはにとってユーノも大事な友達の一人だろう。だけどそこに明確な恋愛感情はない。少なくとも今は。
そういう意味なら俺と円はもっと複雑な関係だ。たとえ中身が人らしくなろうと、俺が殺戮を繰り返しながら生きてきたことに変わりはない。
円にはきっと俺という存在を受け止めきれないし、知る必要すらない。
「大人って複雑なんだね」
「俺はまだ十七だよフェイト」
なんとかなのフェ共に納得したようだ。代償に俺もちょっとやそっとじゃない羞恥プレーをさせられたが。
「それよりさ、二人はお昼からどうする予定なの?」
――今日のお昼1時に海鳴図書館で、じっとその時を。
手紙の主に会うならなのはちゃん達には悪いけど、帰ってもらう他ない。
だけど食事のこともあるし、二人共午後は午後で予定があると踏んでの質問だ。
「わたしとフェイトちゃんは、午後から海鳴図書館で自由研究の資料を探しに行くからお昼までにはおいとまするつもりだよ」
「へぇ、奇遇だね。俺もちょうどその図書館で借りたい本があったんだよ」
「じゃあたっ君も一緒に行かない? 他の友達も紹介できるし」
「あ、それいいね! わたしも賛成!」
「そいつは楽しみかな」
なのなのとふぇいふぇいの友達だ。きっとその子達も良い子なんだろう。
美少女とお友達になれるのは嬉しいことだ。
その後、お昼前になりなのフェ達が宿題に区切りをつけて三人で向かったのは喫茶翠屋だった。
ここで昼食を摂ってから図書館に向かうつもりらしい。
いつもはスイーツがメインの店で昼食には向かないが、今日は特別。店長がやっている少年サッカーチームの試合があり、試合後その少年達が食事をするため特別メニューが出る。
俺達はそれにたかろうという算段で、先に携帯でなのなのが連絡をとったため、俺が食べる分も用意される手筈になっている。
本当なら円も連れて来てやりたかったのだけど、そうなるとあいつも図書館まで付き合うことになるだろう。出来る限り円とヤン・デレ子が接触する可能性は潰したい。
ここに来るのは知らなかったことにして、出る時にお土産買っていこうと密かに決めた。
店に入った時には、すでに少年達がハイテンションに飲み食いしていた。雰囲気的に勝ったらしい。
俺は店長さんに挨拶をし、なのフェと会話しながらジュースを飲む。俺達の昼食はなのフェの友達が来てからだ。
実際そんなに待つこともなく、すぐなのフェが待っていた子達も入店してきた。中には見知った子もいる。