俺達は十八未満お断りシーンに入りかねない危険地帯から、なんとか貞操を守りぬき無事脱出。
 アースラに入るなり、待ち構えていた美羽とシャマルによる治療を受けて、俺のライトアームは接合された。
 近くにお腹を減らしたロリっ子吸血鬼(某英国機関に所属するのアレは除く)がいれば、僕の血をお飲みと首筋を差し出せるくらいには血液も補助できている。
 上司への現状報告(もっともあの人はちゃっかり観測していて、図書館からの出来事全部知っていやがったが)も済ませたので、取り調べのターン。輪廻さんは自分とリンディが一緒にやると効率が落ちると言って面子から外れた。
 後で報告のために議事録作れとノートパソコンを渡されたが。なんでここで地球の技術やねん!
 そんなわけで場所はアースラ、いつぞやのエセ和室。
 タイピングしながら対話する俺の横には、湯飲みを持ったリンディ提督。対面にはしゅんと項垂れる叶が座っている。
「じゃあいつその魔法を手に入れたかは覚えてないと」
「すみません」
「些細なことでもいいんだけどな」
「本当に気が付いたら変身出来るようになっていて、特にこれといった原因は出てこないんです」
 気が付いたらなっていた。
 そんなことがあり得るとすれば、本人も意識できない些細なこと。もしくは――
「限定的な記憶操作の魔法をかけられている可能性がありますね」
 リンディさんが代弁してくれたこの二つだろうな。
「記憶操作ですか?」
「ええ、貴女が魔法の力を手に入れた部分の記憶だけを消去して強制的に『忘れさせた』。あくまで可能性の1つに過ぎませんけど」
 無論、記憶操作魔法の強制行使は重罪だ。
 叶も視線を膝に落とし、怯えている。
 自分の知らないうちに記憶を改ざんされるなど、考えたくもない話だろう。
「あくまで可能性だよ叶」
「ごめんなさい、別に恐がらせようとしているわけじゃないんです」
「いえ、私も自分がどうしてこうなったのか、知りたいですから。遠慮せず何でも聞いてください」
 恐怖を感じても退かずに、真実を追い求める姿勢は評価してやるべきだろう。
 その根っこには、俺の存在があるのだろうが。
「じゃあ、魔法を自覚する前に夜道を一人で歩いていたことは?」
「学校の図書委員会で何度かあります。最近はあの殺人件があるので、先生には二人以上で帰るようにと言われていたのですが、私は一緒に帰る人がいなくて」
「じゃ今度から俺と帰ろう。委員会終わるの待ってるからさ」
「は、はい! ありがとうございます、拓馬さん」
 なんだか沈みっぱなしの叶にフォローを入れておくことにした。帰る友達いないって相変わらず寂しい娘だなあ。俺の尻追いかける前に、友達を探すべきだろう。
 ただ、あまりいらんこと口にし過ぎて、また妄想の世界に旅立たれても困るので程々にしてくが。
 それより、力を得る前後に夜道を歩いていたことが複数回あるという事実。こいつはかなり重要だが、まだこっちの世界とは繋がらない。接続すべき線が見つけられない。
 悔しいが掘り下げれないなら一度保留だ。
「もう一つ。あの力を使えるようになって今までと変わったことって、ないかい?」
「魔法を使えるようになってから、ですか?」
「うん、例えば怒りやすくなったとか、動悸が時々早くなることがあるとか」
「そうですね……」
 叶は顔を伏せて考えだす。自分の記憶を漁っているのだろう。
 そして何か思いあたったらしく、勢いよく顔を跳ね上げる。
「そう言えば、私が拓馬さんのことを思うといてもたってもいられなくなったのも、この頃です」
「やっぱりか」
 ビンゴ。見つけたぞ、こっちは繋げられる線だ。
 しかしまぁ、そんな前からだったのか。俺よく今日まで無事に過ごせてたな。
 ここまで我慢できたのは叶本人の精神力があっての事かもしれない。
「何か掴んだみたいね」
 リンディさんの口調は静かだが、目は鋭く光っている。
 そりゃそうだ。長い間何の手がかりも無かった事件に、ようやく一筋の光が射し込んだのだから。
「まだこれは想像の範疇ですが、叶は魔法の力を得ると同時に、精神の一部を洗脳されています。汚染と呼んでもいいかもしれない」
 繰り返すが、御堂叶は自分の意見を表に出すのが苦手だ。だけど本質は慈悲深い少女である。
 あんな風に感情を暴走させ、他人を傷つけてまで自分の欲望を満たそうとするなど本来はまずあり得ない。
「洗脳……記憶操作の一つね」
「やっぱり、そっちにいってしまうんですか」
 叶は記憶に関しては、早くも諦観しているようだ。下手に引き摺られるよりはずっとマシか。
「叶は俺に対する『想い』を利用された。奥に秘めていた想いを無理矢理引き出されたんじゃないかと思ってます」
 現段階で言えるのはここまでだ。
 これ以上は推論するにも、殺人事件と接続するにも情報が足りない。
 じれったくはあるが、無理矢理踏み込み軸をずらした捜査するのは無謀だ。
「興味深い推測ではあるわね。でもどうして? それを何かに利用するならともかく、叶さんは今まで放置されていたわ」
 お茶を一度すすり、リンディさんはさんは意見と質問を述べる。
 腑に落ちないところはありながらも、興味は持ってくれたらしい。
「そこまでは。ただそれを言うならメガネも似たようなもんじゃないですか?」
「そうね。彼も御堂さんと同じように、特別な力を持っていたわ。それも誰かに指示されるわけでもなく使っていたみたいだし」
「メガネ?」
「ああ、夏休み前に今日みたいなことがあったんだよ。あいつには同情の余地なんぞ無いけどね」
 叶にあの事件を簡潔に説明すると、また落ち込んで私と同じだと呟いた。
「俺がへんてこな力を持った奴に襲われたという類似点はあるけど、そこだけさ。メガネの動機は奴自身の快楽のためだけ。相手なんて誰でもよかった」
 メガネは身体調査も兼ねて、まだ取調べが長引いているらしい。
 叶はと言うと、そもそも法の下に裁かれることは無かった。
 まず最大の被害者である俺が被害届を出さなかったため。
 俺からすれば、叶が牢屋にぶちこまれたところで何のメリットも無い。それなら事件捜査に協力させて馬車馬の如く働かせた方がよっぽど生産的だ。
 俺が流してしまえば、すずかとアリサも罪の追求はしなかった。
 気絶するまで首を絞められたというのに、二人共精神的にタフだなあ。流石になのは達の友達だ。
 許す許さないなど関係なく、叶は二人に誠心誠意謝っていたが。
 むしろ謝り過ぎて「もういいって言ってんでしょ!」と、アリサに怒られながらすずかにフォローされていた。
「その人も洗脳されてたんでしょうか?」
「それについてもまだわかりませんが、どちらも調べてみる価値はあると思います」
 所詮は全部憶測。裏は全然取れていないのだから、まずはそこからだ。
「もしこの仮説が正しいなら……私はまたいつか自分を抑えきれなくなって、拓馬さんを襲ってしまうかもしれないんですよね」
 そう問いかける叶は、アースラに来てから一番辛そうな表情を浮かべている。
 やれやれ、テンションの天井と地下の差が激しい子だよ。
「わからない。けど、俺は大事な友達を、叶を助けたい。だから信じて探そう? 元の身体に戻る方法を」
「拓馬さん……。拓馬さんは強いです。自分の危険を顧みずに私を救おうとしてくれる」
「荒事に慣れてるだけだよ」
 くぐった修羅場の数だけなら、隣のリンディさんにだって負ける気はしない。
 それにこれからは叶が俺に殺意を向けたくなっても、植え込んだ根源の恐怖がそれを赦さないだろう。
「そうね、私もそれが一番だと思います。絶望するにはまだまだ早いわ」
「はい、私頑張ります。元に戻れる方法を見つけるまで、絶対諦めません!」
 この後、叶は少しの休憩をはさんで精密検査となった。
 叶の身体がどうなっているのか解らない以上、検査は早いに越したことはない。
 俺は、輪廻さんにひたすらカタカタして会話内容を入力したノートパソコンを突っ返して帰った。
 検査がいつ終わるかわからないし、医療班からは休めと命令されているためだ。
 明日は叶の家に行って様子を見ることになっている。もしもの時も考慮して、フェイトも一緒だ。
 そう言えばクロノは今日中に、叶の家族に魔法と家の惨状について説明せねばならないとぼやいていた。
 家半壊の片棒を担ぐ俺はケラケラと笑ってやり、フェイトにたしなめられた。
 我ながら、どうしてこんなにヒールが似合うんだろう?