拓馬さんのことをもっとたくさん知りたい。
「わたしも拓馬さんの友達になりたいです!」
「もちろん、わたしもです」
じっと拓馬さんの目を見つめる。なのはとはやても同じだった。美羽だけが心配そうにわたし達と拓馬さんを交互に視線を揺らしている。
伝えたいことは伝えた。後は拓馬さんの答えを待つだけ。
「流れが変わったか……ふふ」
「拓馬さん?」
「ふふふふ……あははははは!」
拓馬さんがまた笑いだした。
けれどもそれはさっきの笑い方よりずっとやわらかい。
悪戯を仕掛けた子供が成功を喜ぶような、純粋な感情を出した笑顔だった。わたしの知る拓馬さんで、一番好きな表情だ。
「君達はほんっとうに真っ直ぐで、それでいて頑固者だよ」
拓馬さんの急激な変化にわたし達は唖然としている。
実はさっきまでの不機嫌さえ全て、わたし達の本音を引き出すための嘘だったの? そう思ってしまうくらいに拓馬さんは晴れやかだ
「一度座ろうか。随分と注目されちゃってるしね」
話しながら拓馬さんは周りを見渡す。
「え? ……あ!」
「あちゃー。話に夢中で全然気付かんかった」
皆の視線がほとんどこっちに集中していた。気付いてしまうととたんに頬が熱を持っていくのを感じる。
「ちなみに、注目されだしたのは美羽ちゃんが鏡に叫んだあたりだったかな」
「ふぇぇ!? そ、それは、必死だったから!」
それだとかなり前からなんだけど。うぅ、ずっと見られてたんだ恥ずかしい……。
拓馬さんもずっと知ってたんなら教えてくれてもいいのに。
「さて、俺の飯と椅子持ってくるよ。ちょっと長くなるだろうからね」
焦って言い訳する美羽を見てひとしきり楽しんだ拓馬さんは、自分がいたテーブルに向けて歩き出す。
それは拓馬さんが、わたし達とはぐらかさずに正面から向かいあってくれる意思表示なんだと受け取った。
わたし達も改めてテーブルに座り直した。唯一違うのは、その中に戻ってきた拓馬さんも入っていること。
「やっぱ、まずは俺の過去からかな」
「お願いします」
拓馬さんの言葉に三人同時に返事をした。その表情には一様に緊張が見て取れる。
対して、今の拓馬さんにはさっきまでの不機嫌さはもう微塵にも感じらない。
むしろ、これから辛い過去を話さなければいけない人とは思えないくらいにリラックスしている。
既に拓馬さんが持ってきたお皿に三つはあった唐揚げが全部消えているくらいだ。
わたし達は食事も手につかず彼を凝視しているのに……本当、この人はわからない。
「それはそうとこのからあげm円程じゃないけど中々いける。っていうかまだ話し初めてもないのにんな硬まってどうするのさ。そんなんじゃ最後までもたないよ」
「それはそうなんですけど」
今から話される内容はとても重くて悲しい過去のはず。体が強張るのは当然だ。
「むぅ。これは却って話にくいな」
「そうだ!」
拓馬さんがどう話を始めようかと考えている中で、突然美羽が声を上げる。美羽もあまり緊張はしていないらしい。どことなく楽しそうな声色だ。
何か思い付いたみたいだけど、このタイミングにいったい何なのだろう?
「どうしたいみうみう?」
「皆たっ君と友達になりたいんだよね」
「それはそうだけど、それがどうかしたの?」
なのはが尋ねると美羽はニヘへっと微笑む。その可愛い笑顔を見て拓馬さんも破顔している。
「友達なら敬語やさん付けは変だよ」
「そやかて、いくら友達や言うても年齢差があるよ」
はやての言う通りだ。小学四年生と高校二年生じゃ、友達よりお兄さんと言った感覚の方が近い。
「そうだよ。それに友達の話はまだ答えてもらってもないし」
「大丈夫だよ、なのはちゃん」
美羽はキッパリと言い切った。さっきからとても自信満々だ。
初対面の時とは比べものにならない程に元気いっぱいの表情を浮かべている。こっちが人見知りのなくなった、本来の彼女なのかもしれない。
「だって、たっ君が小さい女の子の誘いを断るなんてあり得ないよ。ね? たっ君」
「ふつつかものですがどうぞ宜しくお願いいたします」
ここで何故か拓馬さんが逆にすごく硬い言葉遣いになった。
テーブルに親指、人差し指、中指の三本の指を軽く突きながら礼をしている。見た目より全然かしこまっていないのは、本人の羽より軽い様子を見ればわかるけど。
「あはは。何やお嫁さんみたいやん」
「うーん、それじゃ話し方はともかく、どう呼べばいいのかな? 呼び捨ては流石によくないと思うし」
そうだ。一つだけあった。さん付けでも呼び捨てでもない呼び方が!
「拓馬さん」
「ほぃ、何でしょうかフェイトちゃん」
「あのね、たっ君て呼んでいいかな?」
「え? ああ、えーっとだねぇ、それは……」
拓馬さんの目が泳いでいる。とてもわかりやすく、質問の答え躊躇っている。いきなり愛称は不味かっただろうか。
でも、ちょっと可愛いし呼んでみたいという気持ちもあっての質問だった。
「駄目かな?」
いつまで待っても拓馬さんの表情は優れない。
残念だけど諦めた方がよさそうだ。別に拓馬さんを困らせたいわけでもないし、嫌なら無理強いしようとは思わない。
「駄目ってわけじゃないんだけどさ。結構恥ずかしいんだよ、そのあだ名」
「可愛いやないですか」
「そうだよ。それにわたしにそう呼んで欲しいって言ったのは、たっ君だよ?」
「あの時は珍しく俺の方から歩み寄ってたからなぁ」
きっと美羽と打ち解けようとしていた時の話なんだろう。苦笑いの中にも、どこか懐かしそうなニュアンスが含まれているように感じた。
「可愛くて駄目じゃないんだし、オッケーだよね!」
美羽は強引に押しきる気だ。そんなにたっ君という愛称が気にいってるのかな。
「わかった。わかりましたよ。好きに呼べば良いじゃない」
止めようかとも思ったけど、それより早く拓馬さんは、美羽の要求を受け入れた。
別に絶対に嫌と言うわけじゃないらしい。せいぜい乗り気がしない程度みたいだ。
答え方が投げやりなのは照れ隠しもあるんだろう。
「それじゃあ、改めてよろしくだね。たっ君」
「よろしゅうな、たっ君」
「えと、よろしくね……たっ君」
元気よく挨拶するなのはに、はやてとわたしも改めて挨拶する。まだこの呼び方に馴れてないせいか、ちょっと背中がムズムズする。
「何かの罰ゲームか? これ」
たっ君もわたし達から軽く視線を逸らしている。わたしと同じく恥ずかしいみたいだ。
「わたし達が愛称で呼ぶんだから、たっ君も好きに呼んでくれていいよ」
今でさえ気恥ずかしいのに、なのははさらなる要求をだした。
「じゃあなのなの、ふぇいふぇい、はやはやで」
お返しと言わないばかりの呼び方が出た。恥ずかしい名前で呼ばれるのは嫌でも、呼ぶのは平気らしい。
「どないしてその呼び方に行き着いたのかが気になるところやね」
「問題はそこじゃないよ!」
「にゃはは、確かに少し恥ずかしいね」
「ふふ、冗談だよ。じゃあ呼び捨てでいいかな?」
ただ単にわたし達の反応を見たかっただけらしく、ニヤニヤ笑いを浮かべて顔を赤くするわたしを見ている。意地悪だ。
「できれば、そっちでお願いしたいな」
そうじゃないとたっ君がわたしを呼ぶたびに、わたしは真っ赤にならないといけない。
「わたしも呼び捨てがいいー!」
「君もかい」
ここで美羽まで呼び捨てを望んだ。さり気無くすらない便乗で、拓馬さんも思わず普通にツッコんでいる。
「なのはちゃん達ばっかり不公平だよぉ!」
「はいはい、もう好きにして下さいな」
「うん!」
もう了承すると言うよりは、諦めると現した方が正しい解答だ。何がばっかりでどう不公平なのかもよくわからない。
それでも美羽は満足げに頷いているので、問題はないのだろう。
「じゃ、場も和んだところで初めますか。昔話」
今の呼び方の話で、たっ君以外の皆の緊張は完全とまではいかないけれどさっきよりはほぐれている。皆の返事もさっきより軽い。
美羽はわざわざ空気を変えるために、話題を変えてくれたのかもしれない。
「俺はね、幼い頃に交通事故で家族を亡くしてるんだ」
「その話は……」
その話は一度目の取り調べでたっ君が話した過去と同じだ。たっ君はわたしを見てこくりと頷いた。
「そう、前にフェイトに話した内容と同じ。ここだけは真実だったんだよ。ここに意図的なものはなくて、純粋に不幸が重なった結果だ。そして俺は天涯孤独って奴になったんだけど、すぐに養子になった。いや、なるはずだった」
つまり、暴力をふる叔父さんに養われたというところからの経歴は全て嘘だった。わかってはいたけど、改めて言われると少しショックだ。
「俺を引き取った人は確かにいる。ただその人は金で雇われたに過ぎない。そいつらは右から左へ俺を渡しただけ」
「それで、その先におったのが……」
「時空管理局ってわけさ」
「やっぱり管理局がたっ君を拉致したんだ」
なのはが酷く沈んだ顔で呟いた。それでも、落ち込み具合ならわたしとはやても変わらない。
受け入れなければならないとはわかっていても、早々に受け止めきれるものじゃなかった。
「俺を拉致した連中が管理局だと知ったのは、解放されてからだけどね」
たっ君はおどけた様に話しているけど、本当は思い出すのだって辛いはず。
それでもわたし達のために気を使ってくれているんだろうな。それが今までも何度か見せてくれた、たっ君の持つ優しさなんだと思う。
「そこで行われていたのがキマイラプロジェクト。そこにいた連中め自分達のことをキマイラ機関と呼んでた」
キマイラというのは合成した獣の名前だって本で昔読んだことがある。
人を拉致している集団に、その名がつけられるのは悪い予感しかしない。
「あいつらは死んだ人間からリンカーコアを抜き出して、拉致した人間に無理矢理移植してたんだ。要は人造魔導師計画の一つさ」
「酷い……」
思わずわたしはそう呟いた。
リンカーコア自体、全てが解明されているわけじゃない。まだブラックボックスの部分もある。
よくわからないものをよくわからないまま移植しようとするなら、同時に高いリスクが発生するなんていうのは、素人のわたしでもわかることだった。
「時空管理局は慢性的な人員不足だ。それらを補うためのプロジェクトは様々な角度から表と裏の両方でアプローチされている。嘱託魔導師だってその一つだ」
だから拉致した人達を使っての危険な実験行為。
そんな悪魔の所業を平然と行っていたのが時空管理局。わたしやはやて、ヴォルケンリッターを救ってくれた組織……。
「何を信じればいいのかわからないかい? 三人揃ってそんな顔してるよ」
「そやね。受け止めなあかんことやってわかってはいるつもりなんやけど」
「管理局は次元世界をいくつもまたにかけた超巨大組織だ。全ての意思が一つにまとまるなんてことは有り得ないし、公にできない部分が絶対に出てくることあるさ」
たっ君の言おうとしていることの意味はわかる。それでも、頭で理解するのと実際に見せ付けられるのとはまた別だった。
「ごめんなさい。管理局の事を受け入れるには少し時間がかかるかもしれない」
「それでいいよフェイト。でも、忘れちゃいけないこともある。わかるよね?」
「リンディさんやクロノ。管理局の皆がずっと沈んでいたわたしのことを助けてくれた」
時空管理局の一部が悲しみを生み出しているのだとしても、もっと多くの人が流すはずだった涙を止めている。
クロノやリンディ母さん達がわたしを救ってくれた真心に、嘘なんて一つもない。
「わたしからしたら、フェイトちゃんとなのはちゃんも助けてくれたときはにはもう管理局やったけどね」
「わたしも時空管理局の人がいたから、今こうして魔導師になれてるし、フェイトちゃんやはやてちゃんと友達になれたんだよね」
時空管理局のせいで、たっ君は人生を破壊された。
それはどうしようもない事実で、同じ時空管理局の私達が必ず正していかなければならない。
けど、逆に時空管理局わたし達も名前さえしらない管理局員に助けられた人達もたくさんいる。
そうした人達の気持ちまで悪いことと一緒にしちゃいけない。
たっ君は「今はそれで充分さ」と話を区切った。
人生を丸ごと狂わされるような酷い目にあっても、たっ君はその相手の全貌をちゃんと見れているからこそできる対応をしている。
普段は子供っぽく振るまっていても、こういう部分はすごく大人だ。
「ねぇ、たっ君。実験ってことは、失敗もあったってことだよね」
「知りたいかい? 正直拉致した連中の扱いは、聞く側にとっちゃあんまり気分いいもんじゃないよ」
なのはからの質問に、たっ君は返答を躊躇した。
たっ君のことについての話は聞きたいことだとすれば、管理局についての話は聞かなければいけないこと。
わたしもなのはもはやても、たっ君の話から逃げようという気持ちは全くない。
その先にさらに辛い現実が待ってるとしても。
わたし達がこれからも時空管理局であるなら知らないといけないことだから。