「フェイトちゃん、おかえり!」
「ただいま、ごめんね。突然席外しちゃって」
「気にせんでええよ。修一さんもやっと女の子ゲットできたみたいやし」
「あんな嬉しそうな修兄ぃ久しぶりに見たよ!」

 久しぶりってくらいに、女の子へのアプローチ上手く行ってないのかな。すごく積極的なのに。

「喜んでもらえて良かったよ。それで何の話してたの?」
「美羽ちゃんのこと色々聞いてた続きだよ」

 簡単な自己紹介はもう4人とも済ませているし、美羽は元々わたし達の事を知っていた。この町で今まで起こった魔法に関する事件の詳細を、輪廻さんから聞いていたみたいだ。

 特にアースラの重要な位置にいる人やわたし達戦闘魔導師のことは、画像データ付きで見せてもらったことがあるとか。
 だから、美羽からわたし達への質問より、わたし達から美羽に質問する方が自然に多くなる。

「美羽ちゃんね。スゴイ回復魔法が使えるんだって!」
「他の人の回復魔法は、輪廻さんのとたっ君達のしか見たことがないから、自分がすごいのかあまり良くわかんないんだけど」
「でも話を聞く限りはめっちゃすごいよ。ほとんどレアスキル級や」
「ホントに?」

 レアスキルといえばはやての持ってる夜天の書の持つスキル『蒐集』が同じレベルにあたる。
 夜天の書はロストロギアだし、それに匹敵するスキルとなると並の話じゃない。

「骨折が三日で完治しちゃうんでしょ?」
「骨折がたった三日で!?」
「うん。でもそれはかなり複雑に折れてるときで、もっと軽いのならそれより少しは早いよ」
「回復魔法が得意なシャマルかて、それは無理やよ」

 いくら魔法で治癒を促進させることができるといっても、そこまでの速度は本来有り得ない。
 なのは達が驚くのもわかるし、本当にレアスキル認定されても不思議じゃない効果だ。

 そういえば、拓馬さんは何時の間にか腕を吊るための三角巾を外していた。今考えれば、それは美羽の治癒魔法でそこまで回復した証拠に他ならない。

「でもわたし回復魔法以外は全然ダメダメだから」
「そっか、じゃあ美羽は基本的に補助系専門の魔導師なんだね」
「そうなるかな。後は補助魔法が少し使えるくらいで、皆みたいに戦うのは苦手」

 回復に特化した補助系魔導師。他の三人は戦闘で前線に出ているから、美羽は戦闘には全く干渉しない形でサポート回っていると考えるのが自然かな。

「それは気にすることやないよ。誰だって得手不得手はあるもんや」
「ありがとう、はやてちゃん。それとね、わたし昔は魔法を使うのがすごく恐かったんだ」
「恐かった?」
「わたし、輪廻さん達に出会うまでは、この力のせいで皆から気味悪がられたりしてたから」

 美羽の視線は、どこか遠いところを見ている。もしかしたらそのときの事を思い出しているのかもしれない。

「美羽ちゃん……」

 なのはがどう声をかけたらいいのか悩んでいる。
 なのはとはやては同じように地球で魔法が使えるようになったけど、同時に魔法の事を教えてくれる人がいた。
 だから魔法について偏見を持ったりすることは無い。高町家の家族やアリサとすずかも、未知の力に怯えることなくちゃんとなのはの人となりを見て信用してくれた。

 美羽の場合は一人で魔法に覚醒してしまい、それで周りの人に恐れられた。
 それは、魔法の無い世界で、それらをおかしなことじゃないと教えてくれる人もいなかったから起こってしまった悲劇だ。
 たぶん、初め美羽と打ち解けるまでに少し時間がかかったのは、このときの恐怖がまだ抜けきっていないからなんだろう。

「あう、でも今はそんなことは全然無いんだよ? むしろこの力で誰かを助けられるのがすごく嬉しいから!」

 わたし達の心配そうな顔を見て、美羽は無理矢理笑顔を作った。

「そっか。優しいんだね美羽ちゃんは」
「ええっと……そうなのかな?」
「優しくて、すごく強い子や」

 そんな悲しいことがあっても、その悲しみに流されず魔法に向き合って誰かを助けるために力を使っている。
 少し恐がり屋さんだけど、恐がりな自分に負けないだけの優しくて強い心を持っている。それが美羽という女の子なんだ。

「でもそれは輪廻さんやたっ君達がわたしを励ましてくれたなんだけどね。だからわたしは輪廻さん達が大好き」

 わたしには美羽がこんなに綺麗な笑顔を向けている人達が、悪い人だとは思えない。
 それと美羽の言葉に、さっきから一つ気になるところがあった。

「たっ君て、拓馬さんのこと?」

 拓馬さんだからたっ君か……。お茶目なところのある拓馬さんには似合ってるように感じるし、ちょっとだけ可愛いかも。

「うん。たっ君の彼女さんがそう呼び始めたのが最初だって。修兄ぃが言ってた」

 恋人さんがいるんだ……。少し驚いたけど、拓馬さんの年齢ならいても何ら不思議じゃないよね。

「朝起こしてくれたり、ご飯作ってくれたり、一緒に学校行ったりしてるんだって。わたしも何度か会ったことがあるけど、すごく綺麗で優しい人だったよ」

「にゃはは。熱々だね」
「そないに尽くしてくれておまけに美人て、拓馬さんは幸せもんやね~」

 噂の張本人である拓馬さんを見ると、一人で黙々と食事をしている。
 管理局の人も、輪廻さん達とも会話をしていない。ずっと不機嫌なままで、完全に孤立している。
 本当なら修一さんよりもっと心配なんだけど、拓馬さん自身が話しかけるなという雰囲気を出しているため、どうすればいいのかもわからない。

「あのね、アースラの人達への協力が決まってから、ご機嫌斜めなんだよ。たっ君は時空管理局のこと……あんまり好きじゃないみたいだから」

 私の視線に気付いた美羽が、拓馬さんのことを教えてくれた。
 美羽は言葉を濁したけど、つまり拓馬さんは快く思ってない時空管理局に協力するから不機嫌になったのかな。

「管理局が好きじゃないって……何で?」

 思いもよらない美羽の言葉に、なのはが理由を聞こうとする。

「それは、あの……」
「美羽?」

 しかし、美羽は俯いて口を閉ざしてしまった。
 美羽の名前を呼んでみても一瞬反応するだけで答えてはくれない。

「まあまあ二人共。美羽ちゃんには答えられへん理由があるんやね?」
「ごめんなさい。わたしから言い出した話なのに……」
「ううん、こっちこそ無理に聞こうとしてごめんね」
「あらあら、可愛い少女達が揃い踏みね」

 突然現れた声の主は、鏡さんだった。パーティーはバイキング形式で綺麗に盛られた料理皿を右手に持っている。

「鏡さんはさっきまでリンディさんとお話してましたよね」
「ええそうよ。ボスの昔話が聞けて最高だったわ。でもせっかくの親睦会なんだから、色々と食べつつ他の人とも話さないとね」

 綺麗な人だとは思っていたけど、改めて見ると本当に美人だと思う。黒いドレスの様な服や、整った顔立ちがアンティーク人形みたいだ。
 でもころころと変わる多彩な表情は、とても生き生きとしていて自由奔放な猫を連想した。

「なんだか、話を途中で止めちゃったみたいね。拓馬の過去だっけ?」
「鏡さんも知ってる話なんですか?」
「あいつ輪廻さんや私と会う前は、管理局の研究所に拉致られて色々弄くりまわされていたのよ」

 とてもあっさりと、昨日観たテレビの内容を話すくらいの気軽さで、鏡さんは拓馬さんの大きく深い闇を話した。

「鏡お姉ちゃん!」
「どしたの?」

 鏡さんは、なに気にすることなく怒る美羽に対応している。
 自分が何故怒られているのか、全くわかっていないという表情だった。

「そんな秘密を勝手に話してしまっていいんですか?」

 今の一言だけでも今話題がどれだけタブーなのかわかる。だからこそ、あまりに自然な鏡さんの態度に私も思わず聞いてしまう。

「秘密以前に、あいつこのこと別に隠していないわよ?」
「本当に時空管理局がそんなことを……?」
「正直、いきなり言われても信じられへん」

 なのは達の言う通りだし、美羽が伏せていた理由もわかる。
 拓馬さんがそんな残酷な目に合っていてそれを実行したのが管理局なんて話、私も信じたくない。

「デリカシーが無さ過ぎるよ!」
「そうかしら? ここで隠しても、共闘するならいずれどこかであいつの口から知ることになるわ。それに、自分の所属する組織の後ろ暗い部分を知らされずに戦い続ける方がよっぽど酷じゃない?」
「それは……そうかもしれないけど」

 鏡さんの言うことも一理あると思う。
 何より拓馬さん自身が隠していないのなら、遅かれ速かれ知ることになったんだ。彼の闇も、管理局の闇も。

「それが原因で拓馬さんは、管理局に協力したないんやね」
「いや、それ全然関係無いから」

 後ろからとても棘々しさのある声が聞こえた。声の主は、言うまでも無く拓馬さんだ。
 不機嫌そうな表情はそのままに、鏡さんの隣に並んだ。

「あら、来たの?」
「鏡、俺が別に過去を隠してないのはお前の言う通りだ。だが必要以上に言いふらせと頼んだ覚えもないぞ」
「やれやれ、何時もなら軽く流すくせに。私に八つ当たらないでよ」
「流すというか、相手とタイミングを考えろ。馬鹿ゴスロリ」

 確かに、色々と衝撃的過ぎてそこまで頭が回らなかったけど、親睦会でするような話じゃないのは確かだよね。

「それ、あんたが言えたことかしら。それに苛ついてるのは否定しないのね」
「だったら苛ついて炎上してるところに油を注いでくれるなよ。それもドラム缶単位で。ご苦労なことだな」
「じゃあ努力賞を貰いたいわね」

 微笑を浮かべながら肩をすくめて呆れるようなポーズをする鏡さんと、それを睨みつける拓馬さん。
 一触即発の緊迫する空気の中で、先に動いたのは鏡さんだった。

「今私が何言っても挑発にしかならないわね。あんたは大好きな美少女四人に慰めてもらいなさい。じゃ、そういうことで後よろしくね」

 そう言い残すと鏡さんはわたしにだけにわかるようにウィンクして、他の人達がいる所へ去っていった
 もしかして、わたしが拓馬さんとお話したかったのを知っていて、意図的にセッティングしてくれたのかもしれない。
 それでも拓馬さんはさっきより一層不機嫌で、近くでも話しかけ辛いのだけど。

「邪魔して悪かったね。と言っても俺もこの場にいるべき空気じゃないし、失礼するよ」
「待ってください」

 すぐさま踵を返す拓馬さんをわたしは慌てて呼び止めた。

「なんだい?」

 意外にもあっさり拓馬さんは足を止めて振り返ってくれた。
 けどとっさの行動だったせいで、瞬間わたしは何を言えばいいのかわからなかった。

「あの……管理局に拉致されてたって、本当なんですか?」

 かろうじて出せた言葉はそれだけだった。
 いくら拓馬さんが嘘吐きでも、今更この話が嘘であるわけないことくらいわかっているはずなのに。

「嘘か誠か。どっちで答えればフェイトちゃんは信じるかな?」
「それは……」

 見抜かれている。
 わたしが苦し紛れに聞いたことも。『どちらの答え』でもわたしは受け入れたくないことも。

 自分が嘘を吐く分、他人に敏感。これがまさにそうなんだ。
 拓馬さんは相手の気持ちを読み取って、自分の言葉にどう反応するか計算した上で対話してる。
 きっと、どちらの答えでも拓馬さんはすでに次の言葉を用意できていて、それはわたしが完全に諦めるまで終わらない。

「止めときなよ」
「え?」

 答えに詰まっていたわたしに、拓馬さんは諭すように語りかける。

「君は答えを迷ってる。考えてるのではなく、迷ってる。それは覚悟ができていないから。聞く覚悟もそれに耐える覚悟もね」

 駄目だ。全部読まれてる。
 覚悟がない。その言葉もわたしを深く突き刺した。
 そうだ、わたしは拓馬さんの話を受け止めきれる覚悟もないまま、話を聞こうとしていたのかもしれない。

「今の言葉でもっとどう答えていいかわからなくなった。そうなるともう泥沼。考えれば考える程君は沼に沈んでく。フフフ……実際、そんな気分だろ?」

 拓馬さんが小さく笑った。
 でもそれは微笑というよりは冷笑でわたしを見下したような笑い方。
 それでも図星だったわたしは何も言い返せないし、思考はどんどんと悪い方へ向かっていく。

 前向きに考えようとしても、それは既に拓馬さんが先回りしていると思ってしまう。

「君達はなまじ頭が良過ぎて、素直な良い子からこうなるんだよ。俺と話すには絶望的に向かない」

 駄目だ。
 何度も話せば理解できる? なんて甘い考えだったんだろう。これじゃ何度やっても同じ、あの人を知ることなんて……。

「どうしてですか? 拓馬さんのお話を聞くことが、どうしてそんなにいけないことなんですか?」
「なのは?」
「聞いたところで、話の真偽はどうするんだい? 俺が嘘をついてるかもしれないよ」
「それでもわたしは拓馬さんを信じます。嘘だとわかったら、その時またお話を聞きます。本当のお話をしてくれるまで、何度でも」

 なのはもわたしと同じことを考えていたんだ。拓馬さんのことを知りたいと。
 そして、わたしと違ってずっと強い意思で拓馬さんと向きあおうとしてる。

「わたしも、拓馬さんのこと出来ればもっと知りたいです。これから一緒に捜査する仲間になるんですし。そのための親睦会やと思うてます」

 はやてもなのはに続いていく。拓馬さんはポーカーフェイスで二人の意見を聞いている。

「たっ君。わかってると思うけどなのはちゃんもフェイトちゃんもはやてちゃんも、ただ興味本位でたっ君の事を知りたいわけじゃないんだよ?」

 一度はたっ君の事を話すことを躊躇った美羽も、今はわたし達の気持ちを汲んでくれて一緒に説得してくれている。
 わたしだけ、わたしだけが勝手に袋小路に嵌っていた。
 本当にあるのかすらわからない落とし穴に怯えていたんだ。

「拓馬さん」
「なんだい?」
「教えてください。拓馬さんのこと。昔のことだけじゃなくて、他にも好きなこととか、嫌いなことも。わたしはまだ拓馬さんの事を何も知らない。だから拓馬さんのこと、これから出来るだけたくさん知りたいんです」

 そうだ、これでいいんだ。
 どれだけ拓馬さんの言葉に誘導されても、拓馬さんのことを知りたいというわたしの気持ちは何も変わらない。
 今はそれを伝えることが何より大切なことだから。

「たくさん、ね。俺と友達にでもなりたいのかい?」

 ああ、そうだ。そうだったんだ。
 どうしてわたしは拓馬さんの事を知りたいのか。
 わたし達を助けてくれた優しさと、とても危険な橋を平気な顔をして渡る冷静さ。
 人の心の読み取って、何の躊躇いもなく嘘を吐く冷徹さ。

 拓馬さんの心の中にある強さを。
 拓馬さんの心の中にある闇を。

 必ずどこかにあるはずの『本当の気持ち』をどうしてここまで強く追い求めるのか。
 拓馬さんに言われて、はっきりと自覚した。
 わたしは……。

「わたしは、拓馬さんの友達になりたいです」