隊長が俺の脈をとろうと屈んだ時を見計らい、飛び起きて顔面を蹴り抜く。
「ぐっ!?」
ダメージよりも不意の打撃による動揺で、隊長の動きが止まる。その隙は逃さない。近くの仲間が使っていたデバイスを掴み、躊躇無く隊長の顔面に向けて撃つ。
デバイスと言ってもこれは魔力を持たない人間でも扱えるよう、初めから規定量の魔力が込められている。
隊長以外の仲間は俺を含めリンカーコアを持たないために魔力を使えない。これはそういう人間ために開発された特殊兵器だ。
しかし残念ながら魔力弾は隊長まで届かず、命中する寸前にピンポイントでシールド魔法を張られた。これでは手傷を負わせるまでは至らない。
「腐っても、か」
「貴様あああ!」
今の一撃で迷いは消えたようで、隊長はデバイスの照準を俺に向けた。
魔力光は俺も隊長も同じ紫であるが、俺の射撃とは比べものにならない威力の弾丸だ。
この足じゃまともに回避もできないため、シールドを展開して耐える。耐えながらもバリアジャケットを装着して反撃の機会を待つが、隊長の攻撃は止まらない。
二撃目。
三撃目。
魔力光が火花のように飛び散って、シールドの魔力障壁が揺らぐ。
四撃目。
魔弾と魔弾の時間差を計り、右に跳ぶ。片足に力が入らないために、避け損なった弾が肩をえぐった。殺傷設定の一撃に俺のバリアジャケットは大した意味を持たない。
跳んだ先に五撃目。
シールドで耐えるが、次で砕かれるであろうことは容易く想像できる。
攻めなければやられてしまう。そう判断して、デバイスに魔力をチャージさせ始めた。
六撃目。
発射寸前に隊長の方へと走り飛び、距離を強引に詰つめる。無論無理に近付いたため魔力弾の回避は不可能だ。
俺を仕留めんと直進する殺意の塊を、デバイスそのもので受け止める。
弾がぶち当たったのは魔力炉部分。デバイスは派手に暴発を起こして、互いに爆風で吹き飛ばされ俺はまたも床に転げることになった。
それでも頭部だけは爆風と転倒の衝撃からも辛うじて守る。
ここで動きを止めるわけにはいかない。二つに折れたデバイスの残骸達を持ちながらすぐに立ち上がる。
火傷の痛みと出血で身体は行動を拒否したがったが、精神は無視して爆煙の中を駆けていく。
その中で後ろから魔力弾が打ち出された。
しかし辺りには爆散した魔力が天然のレーダージャマーとなっている。所詮やけくそ気味の一撃を放ってきているに過ぎない。魔力弾はかすることすらなく、通り過ぎていった。
自分が絶対的有利からの思わぬ反撃に焦ったな。それはこちらに自分の位置を教えるだけの悪手だ。
俺は撃たれた方向より少し左に、折れたデバイスの片割れを投げつける。
デバイスは煙の中へ消えて、何かにぶつかって落ちる高い金属音が聞きこえた。まず間違いなくデバイスをシールドで防いだ音だろう。
あんたは戦いになると、無意識に左側に回り込もうとする癖があったよな。
奴が大きく移動してしまう前に、デバイスがぶつかった方へと走りだす。そんなに距離は開いていないため、場所さえわかれば発見は容易だった。
近付くにつれ黒煙が薄くなり、隊長の姿を視界に捉えた。そして隊長も俺を目視して、互いの視線がぶつかり合う。
こいつは必ずここで殺すという、両者共に誓いを携えた視線だ。
射撃ができる距離じゃない。そう判断した隊長は、デバイスを接近戦用のランサーフォームに変え迎撃の体勢をとった。
片や槍、片や折れた棒、体格を含めるならば余計に二人のリーチ差は明らかだ。
それでも俺は立ち止まることなく走る。
臆することなく隊長の間合いに入り、槍が動き出すか出さないかのタイミングを見切って、先の先を取る。
俺は開いている左手を開け、握っていた物を隊長の顔に投げつけた。
「うっ」
手の中にあった物は、血だ。
隊長を探しながら流れ続ける血を手の中に集めていただけで、この状態なら誰でも思いつくだろう、せせこましい一手に過ぎない。だからこそ、奇襲としては逆に有効だった。
隊長は一瞬だが視界が塞がれ、怯む。動きを止めた時間はごく僅かだが、俺にはそれで十分だ。
デバイスが折れて尖角となっている部分を利用して、敵性を刺殺する。狙いは顔、もしくは首。
殺す。
そう覚悟して最後の一歩を全力で踏み込んだその時、不意に足から力が抜けた。
躊躇ったわけでも、まして勝利を確信し気を緩めたわけでもない。ずっと激痛を訴え続けていた足が、最後の踏み込みで俺の意志に関係なく動くことを放棄したのだ。
人体が精神に付いて行けず、限界が俺の策略を最後の一手で破綻させた。
足が動かなくなったとしても、突き出した腕は止まってくれない。デバイスは軌道がズレ、隊長の頬を浅く掠めただけに留まった。
「惜しかったな……。後もう一息だった。これさえ刺さってれば、お前の勝ちだった」
隊長は槍を突きつけたまま話を続ける。敵の生命与奪の権利を手にし、生命与奪の権利を者の余裕だろう。
突き刺すタイミングが勝負か……。あまりに運否天賦任せな上に、随分と不利な賭けだ。こういうのは趣味じゃないが、他に選択肢は無いようだ。
「お前はここまで来てもまだこうなのか?」
俺が黙して何も答えずにいると、隊長が眉間にしわを寄せながら抽象的な疑問を俺にぶつけてきた。
「恐怖に泣き叫ぶわけでなく、虚勢を張って不敵に笑うわけでもない。いつもと何一つ変わらないその無表情!」
突然隊長が声を荒げ始めた。そこには俺が怯えぬことに対する怒りよりも、困惑に満ちた恐怖が表れている。それは理解の外にいる化物を見る目だった。
「お前は死ぬのが怖くないのか!?」
そいつは余りに今更な質問だ。こんなところまできて、未だにそんなことを問われるなんて思ってもみなかった。
「お前こそ、まだ俺がどういう人間かわかってないのか?」
「わかるわけがないんだよ、この狂人が!」
隊長はまた感情に任せて激しく怒鳴った。それでも、まだ槍は動かない。
余程俺の答えが聞きたいのか? ならば望み通り答えてやるよ。
伸ばしっぱなしの手に握られたデバイスの先を、悟られぬようにゆっくりと逆方向へ回しながら、俺はゆっくりと口を開く。
「何だ、わかってるじゃないか。俺は狂ってるんだよ。死ぬことなんて対して怖くないさ。だがこんな所で無駄死ぬつもりもない。そんなことする理由がないからな」
「理由だと?」
「腹が減れば誰だって何か食べるだろ? 死にたくなったら死ぬって訳じゃないけどさ、死ぬのも死ぬなりの理由がある。違うか?」
人はビルの屋上から飛び降りれば、大抵は落下の衝撃で死ぬ。首を吊れば気道が潰れるか首の骨が折れるし、ちょっとした電流が身体に流れただけでも人は感電死してしまう。
けれど、そこには原因に連なる結果がある。
「俺はただ、死ぬべき時まで足掻くだけだ」
あいつらに拉致られた当初は何度か自殺をしようとしたけっか。その度に失敗して、体罰を受けていたけど。
死にそびれているうちに仲間が次々と死んで、そんな生活を送りながら自分もまた数えきれない人間を殺した。
殺されることと殺すこと。それはまるで二匹の蛇が互いの尻尾を咥えて回り続けているようだ。
その蛇の中心で生きている内に、いつしか俺はこんな思考になっていた。
ここに至る道程を不幸と嘆くか幸運だと信じるかなど、俺にとっては問題ですらない。
今度は隊長の方が黙っている。これは……ああ、戦慄してるのか。
目の前で淡々と命の軽さを語る、まるで理解が追いつかない生き物に。
「どうした? 俺が恐いか」
「っは! ご大層なことだが、それなら今がまさに死ぬべき時じゃないか」
隊長は理解することを諦めて、またも開き直ったらしい。今度こそ最後の感傷を捨て去り、俺に止めを刺すつもりのようだ。
「なら、試してみるか?」
その言葉を、決着を付けるための引き金として、腕を引きデバイスで再度突き刺しにかかった。
俺の悪あがきに気付いた隊長も、一手遅れて槍を突き出す。
動きは俺が先だが、距離は隊長の方が短い。ギリギリの刺し合いだ。
しかし、決着のはずだった一刺しは双方相手に到達することなく、攻撃を急止する。
二人同時にバックステップで距離を取ると、寸前まで居た地点に数発の魔力弾が通り過ぎていった。
「ふふふ。足を怪我している割には良い動きね」
元隊長と俺は交わっていた視線も外して、突如として現れた乱入者に傾注した。
そこにいたのは二人の若い女性。
一人は白と黒が基調の、やたらとヒラヒラのついた服を着た幼い少女だ。年は俺と同じくらいだろうか。
腕には鋼鉄製と思われるギターを抱えて、楽しそうに微笑んでいる。今の攻撃はこいつか。
もう一人は長い茶色の長髪を靡かせる女。二十歳は過ぎていて白衣を着ており、両手はポケットに突っ込まれている。
こっちも声こそ発していないが、口門を上げ笑みを張り付かせていることに変わりはなかった。
何より特異なのが、この二人の顔には隊長や死体に掛かっているモザイクがない。無邪気に笑う美少女と、シニカルに笑う美女。自信に満ちた二人の表情がはっきりと見えている。
「何者なんだ、お前達!」
元隊長が乱入者二人へ、デバイスを構え直しながら威嚇するように声を張り上げた。
殺しそびれて反撃してくる部下に、ようやく決着かと思えば外部の横槍。こいつらが隊長の裏切りを察していた組織が向けた資格じゃないかと、そんなことを考えているのかもしれない。
たまらない焦燥感に身を焦がしているのは有々とわかる。
俺からすれば仕切り直すチャンスではあるが、こいつらが正体不明のアンノウンなのは変わらない。
「スキモノ」
自身の在り方を簡潔に答えた少女は、そのまま一直線に突進して隊長へと殴りかかる。
ごく単純にギターを振り上げて叩きつける、頭上への一撃だ。隊長はその一撃をシールド魔法で押し止めて防ぐ。
「甘いわ」
ギターを受ける元隊長に向けて少女はそう呟き、前蹴りを腹部に打ち込んだ。その場で蹴りこんだため、体重が乗るようなフォームではないが、速い。
脚に魔力を集中させて、威力と速度を底上げしているのがわかる。
「がっ!」
隊長は蹴りの衝撃で数メートル程飛ばされた。だがそこは元リーダー格の実力か、それだけで倒れることはなく着地してみせ、射撃モードに切り替えたデバイスで反撃に転じる。
戦いがアンノウンの少女と隊長にシフトしていく最中で、俺は近付いて来たもう一人の女と向かい合っていた。