魔法少女チームは依然奮闘中ではあるが、状況は確実に悪化していた。
 球太郎に大打撃は与えたものの、援助役のさまるさんと、主力の一人であるなのはちゃんを失ってしまったためだ。

 もう一撃大きいのをぶつけられるなら一気に勝負を決められる。しかし、今はその時間こそが問題だ。
 誰かがチャージしようにも、時間稼ぎで仲間を守るだけの余裕が彼女達にはもう残っていない。このままではジリ貧だろう。

 それでも、ヴィータちゃんとフェイトちゃんは諦めず果敢にヒットアンドウェイを続ける。
 先の攻撃で装甲が弱っているために一撃のダメージは増えているが、致命傷は与えられていない。逆に人数が減ったため球太郎の魔弾の振り分けも減って、個々に対する弾幕はいっそう濃くなっている。

「避けきれない!?」

 その中でついに球太郎の魔弾がフェイトちゃんを捉えた。

「うっ!」

 バルディッシュの自動防御でなんとかフェイトちゃんへの直撃は避けたものの、衝撃で地面にしたたかに叩きつけられる。さらに体勢を立て直す間も与えられないままに追撃だ。

「やられるっ」

 防御も回避もかなわず、さらなる一撃が彼女を襲った。それは脱衣弾ではなく、別方向から投げられた俺だったのだけど。

「やぁ君、久しぶり。いやあ今日はホントにプール日和だね!」
「あなたは……拓馬さん?」
「憶えててもらえたとは、嬉しいな」

 小学生を押し倒す高校生の図がここに完成した。
 この構図は個人的な観点なら悪くないけど、ぐずぐずすると命に関わる。そのためにさっさとフェイトちゃんを助け起こすことにした。

「危ない!」

 むしろ手を貸そうとした次の瞬間に、フェイトちゃんは自力で起き上がって加速しており、俺達に迫る魔力弾を切り裂いていた。

「流石に速いなぁ」
「どうして拓馬さんがここに!?」
「うーん、その件は後回しにすべきかな」

 球太郎登場あたりから、最悪の場合はどう言い繕うかを頭の片隅で考えてはいた。

 でもこの状況でどんな嘘が通るというのか。しょうがないから球太郎を見据えながら、とりあえずはぐらかした。なんとか戦いが終わるまでに何か考え付かないと不味いなぁ。

 何にせよここまで来てしまったらどうしようもない。流石にこれは戦わずに済ますルートはないだろうし、これでリンディさんの読みが正解だったことはバレてしまったわけだ。

 ならば、目的を彼女達からの逃走から目前で暴れる球太郎の破壊に切り替る。

 あいつらに放り捨てられる直前に渡された荷物袋から手早くナイフと“相棒”を取り出し、この前の鴉の時と同じ迷いのなさで自分の手首を切った。

「拓馬さん?」
「セットアップ」
≪Ok. Set Up≫

 緋色で菱形の宝石が俺の言葉に応えて輝き、同時に手首から流れ出た血液が霧化して全身を包み込む。霧は身体に吸い付くように収束して、緋色を基調に黒のラインが入ったバリアジャケットへとその姿を変えた。

 俺自身にあまり服に知識や興味が無いため、学校のカッターとズボンをモチーフに構成している。胸には相棒と同じ形の宝石が埋め込まれているから、ここだけ制服とはデザインが異なっていた。

 重量はあまり感じないため、程よく軽くて扱いやすい。装甲やスピードよりも汎用性と柔軟性に重点を置いて作られているのがこのバリアジャケットの特性である。

「やっぱり……嘘、ついてたんですね」

 騙されていたと確信したフェイトちゃんの表情は、とても寂しそうだった。
 リンディさんに疑われていたとしても、彼女は俺のことを信じてくれていたようだ。
 ペテンにかけるのは簡単で、気付いたときのショックも大きい。実に俺と相性抜群にして最悪な性格をしているな。

「その話もとりあえず後、かな。来るよ。ここは下がって少しでも回復に専念してて」

 こいつに勝つためには、この子の戦力をこれ以上は削ぎたくない。だから一時的に俺の後ろへと下がってもらった。
 フェイトちゃん狙いなのか、俺のバリアジャケット構成時に発した魔力か、もしくはその両方に反応して魔弾の嵐が飛来する。
 Aランク越えエリートだらけのこの面子で唯一Bランク程度でしかない実力の俺に、なんて数を飛ばしてくるんだよあの球。

「スカーレットシールド」
≪Scarlet Shield≫

 手首の血の残りと新たに流れた分がまた粒子に変わり、緋色に染められた物質型の大型の楯を作り出した。

「血液を物質変換!?」
「使用者の血液を、魔力や魔力を付加した物質に変換する。俺の相棒スウィンダラー――擬似デバイスが使える力だよ。“ペテン師”には相応しい力だろう?」

 ここで隠しごとをしてもすぐに看破されて、無駄な猜疑心を生むだけだ。それよりも、今は少しでも協力的な体制を作るほうが先決だと判断した。
 そして相棒の説明をしながら、迫り来る魔弾を楯で受け止め続ける。

「拓馬さん、シールドに皹が!」
「そこまで頑丈じゃあないからねぇ」

 やれやれ、野郎相手は殺傷機能オンかよ。
 短時間に何度も攻撃を受けて、あっさりと楯に限界がきたようだ。元よりそこまで硬度に自信があるわけではない。再生力にはちょっと自信があるけどね。

「けどま、壊れたら補修すればいい。スカーレットリジェネレイト」
≪Scarlet Regenerate≫

 流れ続ける腕の血をまた魔力変換し、楯の傷を埋めていく。罅割れ軋んでいた部分は、すぐ元通りに再構築された。

「凄い……」
「そこまで便利でもないけどね。楯のくせして、守る度に使用者の命削ってるようなもんだし」

 修復にかかる血液は大した量ではないけど、長く続けるとなると馬鹿にならない。下手すれば守ってるだけで自滅する可能性もある。

「フェイトちゃん、一度退避するよ」
「わかりました」
「シールドストライク」
≪Scarlet Strike≫

 後一押しで倒せる敵を前にフェイトちゃんは少し悔しそうだが、冷静な判断でもって素直に従ってくれた。
 楯に魔力を追加し、無理やり推進力を持たせて弾幕にぶつける。物理的だがこれも射撃魔法の一種と言えるだろう。

 ついでにナイフを数本生成して投げつける。こいつの見てくれだけは、はやてちゃんのブラッディダガーに似ているが、所詮似ているというだけで愕然とするほど性能差がある。

 数秒で楯は砕け散るが、それだけあれば十分。ナイフもほとんどが球太郎の攻撃に相殺どころか一方的に粉砕されるが、運よく一本だけ球太郎に到達。その一本も触れた瞬間、元の魔力に解体され消えた。

 イコール、俺の攻撃はまず通らない。これが確認したかっただけなので、こっちも役目は果たしてくれた。

「スカーレットフライ」
≪Scarlet Fly≫

 背中に新しくマントを作り出し、そこから浮力が生まれ俺は飛翔した。
 スウィンダラーには高い飛行補助機能が付いている。とはいえスピードに関しては全然期待できないし、飛び続けてる間は血液が減りっぱなしとコスト意識ゼロの問題児だけど。

 それでもAランク未満の魔導士はほとんどが飛ぶことすらままならない現実を加味するならば、文句は言えない。

 誰かの巻き添えを恐れ、誰もいない進路を選びながら球太郎から離れていく。
 フェイトちゃんはスピード差を考慮して別ルートで移動しているので、俺単体では大した攻撃はやってこない。遅い分、小回りと微調整はある程度利くので、数少ない攻撃を慎重に避ける。

 球太郎の攻撃が完全に来なくなったことを確認して、フェイトちゃんと合流した。

「助けてくれてありがとうございます。拓馬さんはさっきの攻撃でどこか怪我は無かったですか?」

 開口一番お礼とダメージの心配をされた。怪我はこっちの台詞やっちゅーねん。
 どうせ聞いたところで、「大丈夫です」しか返ってこないのだろうけど。

「飛んだり跳ねたりするだけで勝手にダメージが増えていくのが、俺のスウィンダラーの凄いところさ!」
「は、はあ……」

 ウィンクしながら明るく振る舞うとフェイトちゃんが複雑な表情を浮かべた。どうやらブラックが効き過ぎたらしい。

「真面目っ子め。君はもっと肩の力を抜いて、アイキャンフライの精神で生きるべきだ」
「…………」

 うっわ、もっそい反応に困ってる顔だこれ。
 今彼女の俺を見る目が確実に変わった。すっごい反応に困ってるよ。ふむ、立てたフラグを叩き折るとはこういう事態を言うのか。

「アハハ! これは予想以上に面白いわ!」

 はて、どうして失地回復しようかと考えてたら、全体の空気を無視した声が聞こえてきた。明らかに自分達が追い込まれてるってわかっていない。

 声の主を確認したが、しようがしまいがそもそも該当者は一人だけだ。

「あの戦闘狂め」
「仲間の人ですか?」

 思わず一緒に振り向いたフェイトちゃんが聞いてきた。彼女の人生において、今日は有数の変態デーとして刻まれるかもしれない。

「あー、うん。腕は良いんだよ? 腕は」
「そうみたいですね」

 ちゃんと球太郎の攻撃を全弾凌いでいる上に反撃までしている。
 ギターの弦を一本弾くと鏡の周りに無数のリングの中に入った魔力スフィアが生まれた。もう一度弦を弾くと今度はリングが消え、研ぎ澄まされた針のようになり発射される。

 そして攻撃と共に鏡自身も突っ込む。鏡に向かってくる攻撃は全て鏡の魔弾に相殺されていく。
 球太郎の目の前まで接近した鏡はそのまま力まかせにデバイスで殴りつけた。やはりダメージは低いが、殴ってる本人は物凄く楽しそうだ。

 あいつちゃんと接近戦用フォームもあるんだけどなぁ。しかもあの行動はしょっちゅうやるので、前に理由を聞いたら「一々フォームチェンジするのもめんどくせーじゃない」と仰っていた。

 あいつにとってギターは弦楽器なのだろうか? それとも打楽器なんだろうか? 金属バット代わりとか答えられそうなので、こっちは聞いていない。
 こいつは三人で唯一、アースラメンバーと真っ向勝負しても勝てる可能性があるのだ。

「燃えてきた。いや萌えてきたわ。あの球体に!」

 それを余りあって中身がアレだけど。
 もう一人の仲間を見ると、次々と来る魔弾をひたすら虚で切り裂いている。ただそれだけ。

 鏡と比べれば明らかに劣勢。言いだしっぺとは思えない悪戦苦闘ぶりだ。修一は接近戦しか攻撃手段がないし、スペック的にもアースラチームと比べると流石に劣るので当然と言えば当然だけどね。

 ただ、防御を一切せずに全ての攻撃を切り裂いてることは、素直に評価できる。全体で見ればA+位だが、接近だけならAAAクラスの、ある意味とんでもないスペシャリストだ。

 しっかしまあ、あいつら二人は追い詰められなきゃ共闘しないからな。攻撃面ならこっちにはチートクラスのとんでもない切り札があるから、真面目にやってればもうとっくに勝負はついてる。

 要は遊んでるんだよ、特にゴスロリ大好きな男の娘が。いつもの通りだけど、これが原因で無駄に追い詰められた回数は一度や二度ではない。

「学ばないよなぁ、あいつら」
「何がですか?」
「何でもないよ。こっちの話さ」

 フェイトちゃんが不思議そうに小首を傾げてる。かわええええええええ! ああ、俺も学んでないね。

「二十分経過。目標健在。攻撃レベルヲ最大ニ設定シマス」