右腕の先には首根っこを掴まれた鏡が、やる気なさそうに引っ張られている。
「だから何なのよ、もう」
 じとっとした目で鏡はこっちを見た。自分は関係ないからさっさと帰りたい。そういう雰囲気を思い切り醸し出している。
 そうか。こいつもなのか。
「どうやら無事なのは俺とヴィータ、そんでシグナムさん。後はユーノくらいなもんだな。ここに戻る行きがけに確認してきた」
「やはりそうか……」
「なんのことなん? わたしらにもわかるよう説明してえな」
 修一が挙げたメンバーは今日の朝まで寝ていた者達だけだ。つまり、様子が変になっているのは“昨日戦闘した奴らだけ”。
「どういう内容なのかわからねえけど、お前達は攻撃されてんだよ」
「攻撃?」
「ああそうさ。そしてこいつもな」
 トレーニングルームの床へ転がすように鏡が放り捨てられ、抗議の声を上げる。
「ちょっと、痛いじゃない」
「お前、自分でおかしいと思わねぇのかよ」
「はぁ?」
「敵にいいようにやられて逃げられたなんてよ。いつもなら、自分の不甲斐なさにブチ切れて、そこら中氷河期にして八つ当たってるだろ」
 普段と比べて鏡にしては大人し過ぎるとは思うが、それはやり過ぎだろ。修一が訝しんで様子見に行ったのもよくわかる。
 それでも鏡は納得できないと立ち上がった。
「そんなの、たまたまよ。こんな日だってあるわ」
「じゃあ俺が、てめぇをいつもの日にしてやるよ!」
 言葉の途中で、修一が鏡の顔を殴った。また鏡が床に倒れて、修一はバリアジャケットを展開する。
「痛ったい! だから何なのよあんた!」
「まだ駄目か。これでも目が醒めないなら、そのまま逝っとけ」
 本当に躊躇いなく、修一は刀を鏡の顔面に叩き込んだ。
 鏡は顔面を抑えて床にうずくまっている。あたしも無茶をしたとは思うが、あれじゃまんま虐待じゃねえか。
「おいおい、完全に無抵抗の人間どれだけ殴ってんだよ。そりゃどう見たってやり過ぎだろうが!」
「そうかもな。だが、効果はあったみたいだぜ」
「何が、だ、よ……!?」
 ぶるりと体が震えた。精神的な感応じゃなくて、背後から本物の冷気を当てられたみたいだ。
「ほうら、暴君様がお目覚めだぜ」
 冷気の発生点は鏡だった。こいつの周囲から熱が失せて、床が凍り付いていく。こいつの魔力変換は氷だったが、冷気そのものも操れるのか。
「気を付けろ。こいつは、いつものお遊びみたいな模擬戦とは訳が違う」
「模擬戦は遊びじゃありません」
「言いたいことはわかるが、後にしておけ」
 修一の言葉をなのはが否定しようとするが、シグナムがそれを押しとどめる。こいつは、確かにそれどころじゃねぇ。
「ちょう、鏡さん落ち着いて」
「はやて、危ない! もう“手遅れ”だ!」
 鏡を宥めようとするはやての手を、あたしが掴んで引き留める。理屈より感覚が先に動いた。
 これはヤバい。冷気と共に確かに感じる。動かない鏡から発されている殺気だ。
「荒療法でわりいけどよ、お前らもさっさと起きねえと、死ぬぜ?」
 修一の様子は、脅すと言うより淡々と事実のみを語っているだけに見えた。
 抑える左手の隙間から見える、殺意はらんだ目が修一を射抜いて、鏡が獣のような獰猛さで叫ぶ。
「死ぬのはあんたよ。クソカス剣士が!」
「やってみやがれカマ野郎!」
 鏡が右手の平を床に叩きつけた途端、氷の塊が次々と生えるように修一へと突っ込んだ。それを修一が一振りで叩き割る。
 次の瞬間には鏡の思い切り振りかぶった拳骨が、修一へぶち込こまれた。
 それを刀で受けた修一は、その力に押されて魔力の火花を散らしながらさがる。
「やればできんじゃねえか」
「見下してんじゃないわよ!」
 バリアジャケットとデバイスを起動させて、鏡が突撃した。
 またも大降りな打撃を、修一は一歩引いてやり過ごす。
『とにかくこいつを黙らせりゃいいんだろ』
 防戦の修一を追う鏡の背後から、あたしが奇襲をかけた。アイゼンで殴り飛ばして昏倒させてやる。
『待て!』
『こんな凶暴な奴相手に待てるかよ!』
 こいつはもう模擬戦じゃなくて実戦だ。仲間が相手だろうが、小さな隙が致命的な失敗にもなり得る。ここはもう、そういう場所に変化を遂げている。
 だから迷わず行った。
 上からの一撃で墜とす!
「何!?」
 叩いた手応えはあった。
 でも、堅い。
 シールド魔法で止められた時と同じ感触だ。振り切れないままにあたしの動きも止まる。
 魔方陣はなく、だけど攻撃は届かない。
「スケアリー・ブービートラップ。管理局の教本には載ってないわよ」
「しまった!」
 鏡にあたしの腕が捕まれた。凍傷になりそうな冷気が、バリアジャケットの上からでも伝わってくる。
「ウザいわね」
 そのまま身体が鏡を中心に半円を描く。終着にあるのは金属の床だが、そこから先の尖った一本の氷が生えてくた。
「正気かよ……」
 叩きつけられる! そう思った時、見えていた床が消えて、あたしの身体が自由になった。
 それは鏡の腕が外されたからで、床が見えなくなった理由は桜色が視界を占拠したためだ。
「なのは!」
「ヴィータちゃん、大丈夫!?」
 なのはがディバインバスターを発射した。鏡には通じなかったみたいだが、なのはから手を出したことが、何よりも重要だった。