奪われ壊され踏みにじられて、それでも闇と共に歩むから。

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 最悪な流れの渦中で、俺達は物語のまだ見ぬ闇に触れた。
 この街に蔓延る漆黒の核。おびただしい数の犠牲を産んだ諸悪の根源と、俺達は臨んでいるのだ。
 想起するのは、俺に制止の忠告をした隻腕の男。奴については、後から輪廻さんにのみ報告はしたが、こいつはその仲間か。
「君を美濃義直殺害の容疑者として逮捕する。抵抗しなければ弁護の機会が君にはある。同意するなら、武装の解除を」
 クロノが時空管理局が犯人の逮捕前に発する定型句を投げかけるが、黒衣のアンノウンはそもそも会話機能がないかのように沈黙を貫く。完全黙秘という無言の拒否が、この戦場の空気をより硬質化させていった。
「そのまま黙秘し続けるのなら、投降の意志がないとみなす」
 クロノが最後通告を出すと同時に、周囲には新たな封時結界が展開される。さっきよりも広い、周辺の街まで広がる空間だ。
 黙して語らぬアンノウンの、これが答えと見ていいだろう。
「はやてちゃん、避けて!」
 そして、砲撃が発射された。
「えうわ!?」
 シャマルさんの警告で、はやては間一髪死角から放たれた魔力砲から逃れる。
 魔力圧縮型の砲撃魔法。魔法としてはオーソドックスだが、だからこそ直撃すれば即撃墜されるだろう。あのアンノウン、一人で俺達と敵対する気は満々なようだな。
「ありがとうなシャマル。おかげでなんとか避けれたよ」
「いえ、無事で何よりです」
「しかし、何処から撃ってきたんや?」
「はやてちゃんの後ろに、あの扉が」
 突如現れては攻撃を行い、すぐに消失する謎の扉。まだその全容は掴めていないが、これまでのパターンならば十中八九レアスキルによる特殊分類になるだろう。
「あの扉は、二つ以上でも同時に出せるようね。質の悪いどこでもドアもあったもんだわ」
「あのヴィオレンスドアは青狸のパチもんかよ。距離に関係なしでどこからともなく砲撃が飛んでくるとなると、中々に厄介だな」
 全方位どんな距離からでも攻められるというだけでも攻略はかなり困難だというのに、ジジイは連れ去られ細切れになって還ってきてる。つまりレンジのイニシアチブは常に相手が持っており、かつこっちは一手間違えれば、それだけでやられる可能性が極めて高いということだ。
「相手の返事はあの砲撃魔法だよ。どうするんだいクロノ」
「もちろん、それなら迎え撃つまでだ」
「良いわねえ、ずっと退屈だったけど、ムラムラしてきたわ」
 ジジイの死によって生じた皆の憤りが、ぶつけるべき標的を見つけ滾りだしている。皆に灯るのは犠牲を乗り越えてでも、真実を掴む確固たる意思だ。
 たった一人を除いては。
「拓馬はフェイトの護衛を頼む」
「初めからそのつもりだ」
 俺だって少しは回復しつつこそあるが、意味のわからない相手と戦闘していいコンディションじゃない。
 脱力しきって反応のないフェイトを抱え、大型の盾を生成してシャマルさんへと走り寄る。まずは応急処置でもフェイトを治療しないと、最悪命に関わりかねない。
『たっ君はフェイトちゃんをお願い!』
「ディバインシューター」
 アンノウンの気を自分に向けさせるためでもあるのだろう、念話と共になのはが戦闘を開始させた。
 十を越える桜色の魔力弾が、謎の男をあらゆる方角から囲み捉える。
 アンノウンは動かず、己の周囲に扉を展開した。アンノウンを射ぬかんとしていた魔力弾は空間を占拠する障害に阻まれ、俺達の与り知らぬ何処かへと消えた。
「ディバインシューターが無力化された」
 魔力弾を飲み込んだ扉は閉まり消失し、続けざまになのはとクロノの周囲に同質の扉が現れ、開け放たれる。
 現れたのは、なのはのディバインシューターそのままだ。
 二人は扉の出現で危機を察知し、飛翔。魔力弾はビルのコンクリートにぶつかり霧散した。
「あの扉は空間と空間を繋ぐ力も持ってるんだね」
「まさに攻防一体の魔法というわけか」
 これまで実践の経験値を貯めてきた彼女達は、これくらいでは動揺もせず冷静に相手を分析し、新たな戦術を積み上げていく。
 その隙に、俺は急ぎシャマルさんへと合流する。項垂れるフェイトを丁寧にシャマルさんへと受け渡し、俺は周囲を警戒し続ける二人の護衛作業へと移った。
「フェイトを、よろしくお願いします」
「ええ、大丈夫。湖の騎士にかけて、必ず彼女を救います」
「フェイトがこうなったのは、俺のミスですしね」
 フェイトがこうなったのも、元はといえば俺の指示ミスの結果だ。次々と起こる想定外の事態に、まるで対応仕切れていない。自分でも呆れるぐらい俺はここまで役立たずだった。
「貴方のせいじゃないわ。誰もこんな展開を予測できるわけないもの」
 俺が責任を感じてるとでも思ったのか、シャマルさんは治療魔法を起動しながら、諭すように俺への返事を返す。
「それでも俺はしなくちゃいけなかった。それが俺の役目なのだから」
 難題を押し付けられるなら、無理を上乗せして返せ。不条理を課せられるのなら不条理に乗れ。そうでなくては、とてもじゃないが俺の渡る世界は生き残れない。
 それは生きるために戦ってきた俺の実感であり、事実だ。
「あまり自分を責めちゃ駄目よ。私達は皆で戦っているんだから」
「皆で、か」
 その認識が、俺を殺しているのだろうか。群に交わればそれだけ俺という個は埋没し、やがて認識は薄れていく。仕事をこなすとか任務だからなんて建前は、それ以上の意味を持ってはならないのに、俺はくだらない価値に縛られていたのかもしれない。
 この殺人を止めれなかった事実にあたふたするのは、本来管理局であり、俺ではないのだから。
『そう、相手は強敵であり、我々は一致団結して立ち向かわねばならんのだ!』
「誰?」
 突如聞こえてきた念話に、シャマルさんは虚を突かれ周囲を見回す。
『そうだろう、少女達よ! そうだろう、少年達よ!』
 なんだか暑苦しい叫びと共に、逆光に隠された二つの巨大なシルエットが、天から現れた。
「諸悪の根源、町を泣かせる殺人鬼よ! 貴様は絶対に逃しはしないッ!」
「助けに来たよたっ君」
 シルエット達は急降下し、犯人と対面するように対峙する。赤を基本とし、派手なカラーリングにやたら角張ったロボットは、正義の組織から脱退中なはずのダイセイオーだ。
「何でここに来たんだよ」
「拓馬君。これで命を狙った罪滅ぼしになるとは思わないが、ここは我々に任せたまえ」
「そういう問題じゃない!」
 本郷がまた俺ジャスティスを振り回すのは、民間協力という立場を取っていただけにやるだろうと思っていたから、管理局の首輪が付いてる分にはどうでもいい。
 それより、どうして君までがいる。
 ダイセイオーに付き添うように浮遊する、全てのパーツが球体で構成された球のようなロボット。俺が勝手に球太郎と命名したあいつだ。そこから聞こえてくる声は、とてもよく知った美少女ボイスだった。
「私の大切な友達やお兄ちゃん達を、これ以上傷付けさせないから!」
「どうして美羽ちゃんまで!?」
 その声に驚きを得たのは俺だけじゃない。思わず球太郎の方を傾注したなのはに、美羽は力強く答える。
「フェイトちゃんとたっ君の怪我が酷いから、二人を回収したらすぐ治療するからね」
 恐らく戦闘不能に陥ったフェイトの治療が主目的で、輪廻さんが美羽を差し向けたのだろう。俺のダメージは恒例の必要経費たいなもんなのだから、どうせフェイトを治療するついでくらいのノリだ。
 そう解釈すれば、美羽の乗る球太郎は武器ではなく鎧となる。だとすれば許容は可能か。
「そういうことだ。サポートメカの球太郎は怪我人、私は怪人を担当するのだよ」
 本郷が字面方面で微妙に上手いこと言ったのが、微妙どころじゃなくムカついた。後ろからもう一回撃墜してやろうか。
 しかし、事実としてダイセイオーの戦力はかなり高い。何よりも、本郷に早いとこ意識を失ってもらうことが望まれる。
「街を泣かせる殺人鬼よ。貴様が何故人を殺め、俺を洗脳したのかは知らない」
 ダイセイオーは腕を組み、コクピット内からスピーカーにて本郷の声が流れだす。
「しかし、どんな理由があろうとも、貴様が平穏に暮らす人々に哀しみを振りまいていいわけがない! 世界は平等で、皆自由に生きる権利があるのだ。それを壊すと言うのなら、ダイセイオーの聖なる鉄槌が、貴様の野望を打ち砕く!」
 演出大好き本郷が語りだしたというか、これはきっと説教だろう。お前は不幸不幸言いながらハーレムを作るどこぞの主人公か。なのはやクロノは戦ってるし、さっさと加勢しろよ。
「さあ、行くぞ! 正義の鉄拳、ダイレクトセイオーナックル!」
「たっ君、シャマルさん、私の腕に乗って」
 球太郎とダイセイオー。どちらも、真反対の意味合いで対象者へ腕を伸ばして――
「ぬう!?」
 ダイセイオーの拳がアンノウンに届く前に巨大な扉が展開され、巨大ロボの腕は自ら魔の空間へと突撃を果たす。
「え?」
 球太郎もまた同じだった。俺と球太郎の間に産み出された異物に、咄嗟の反応が間に合わず、球太郎の腕が呑まれていく。ロボット達が力任せに引き返せないのは、そういう機能まで装備済みだからなのか。
「ぬわわわわわ!」
「きゃあ!」
 そしてどちらも、腕より先までも吸い込まれるよう境界を越え消えていく。
「あの巨大ロボットまで通れるレベルのドアやて!」
「美羽、頭部だけをパージなさい!」
「え、えと、これだね」
 土壇場で美羽に助言を投げたのは、球太郎の操作経験がある鏡だ。
 鏡の指示した通りに頭部がボディから弾かれて、幾度か地面にバウンドしつつも、脱出は果たした。どういう素材なんだよ、あの頭部。
「本郷さん!」
「こっちも脱出ー!」
 ダイセイオーのコクピットがまるごと排出され、屋上に落下する。
 相変わらず自ら危険に突っ込んでいきながらも、危機回避に余念がないな。パイロットとしてはともかく、巨大ロボット乗りとしてはどうなのだろうか?