「あんたのツッコミ所はそこかよ!」

 最もやっちゃいけない人が、場の空気をブレイクしちゃった! ネタ的においしいと言う理由で、そんな部分まで話した俺も俺だけどさ。

「要約すると、今のところは自分の正体が全次元の征服をもくろむ悪の秘密結社の尖兵だということはバレておらず、逆に白と黒のマーブルでスクリューな少女達からは、ある程度の信用を得たってわけね」
「いつの間に接触したのが魔法少女から、プリティーでキュアキュアな伝説の戦士に変わってる!」

 鏡がこれまでの話を物凄く単純にまとめた。これだけ簡潔なのにあからさまな誤りが起きているが。

「うっさいわね、そんなことはどうでもいいのよ。で、明日またアースラに招かれてカツ丼を奢ってもらえるでファイナルアンサー?」
「それ、思いっきり疑いかけられてるから」
「チャンスだよな、これって」

 俺のツッコミをスルーして、修一があまり出して欲しくない一言を口にする。そして案の定、それを聞いた輪廻さんがとても厄介なことを提案した。

「まさしくその通りだよ修一君。さて拓馬君、君は明日アースラ側からこの事件の情報を取れるだけ搾り取ってきたまえ」
「ただでさえまた敵地へ赴くのに、あえて地雷原を突っ走って来いと?」
「ここは攻め時だよ拓馬君。多少のリスクは覚悟の上だ。なにより私もこの事件には興味があるのでね」

 輪廻さんがこう言うのは予想はしていた。他二名も、さぁやるんだ! って勢いで目を光らせている。この外道な同年代共はただ俺の苦しむ顔が見たいだけだが。

「輪廻さんがこの事件に興味持ってるなんて初耳ですけど」
「一人目の殺人から魔法絡みだということには気付いていたよ」
「どこでこの件が魔法絡みだと判断したんですか?」

 輪廻さんは、見栄を張るのに下らないブラフは使用しない。だから、本当に初めから連続殺人犯の正体が魔導師だと知っていたのだろう。
 ここら辺はさすが輪廻さんとしか言えない。戦闘だけでなく、広範囲の検索や転送魔法を得意としているだけはある。

「殺人を行う前に結界が張られているのだよ。ただこの結界は隠蔽性が高く、張っているのも短時間のため管理局側すら気付けないレベルだ。なんせこの私ですら、知覚はできても未だ犯人を特定できていないのだからね」
「結界? そんなの張られてたのか?」
「あら、私はそんなの確認してないわよ?」

 今度は、修一が誰ともなしに問いかけると、鏡が首を横に振った。いくら隠蔽工作をしていても、直に侵入すれば嫌でもわかる。
 しかし鏡の言う通り、あの時結界の類は何も展開されていなかった。

「ああ、あれは直接的には殺人事件と無関係だよ」

 おいおい、仮にも魔法が存在しないはずの世界で、それも同時期に同場所で二つの魔法事件が起きてるというのか? いくらなんでもそれは強引過ぎるだろう。だけど輪廻さんは“直接的には”と言った。それはつまり、

「じゃあ間接的に、何らかの関係があると?」
「何かはまだ分からないけどね。むしろこのタイミングで何も関係が無かったら、それはもう拓馬君の巻き込まれ体質が神域に入ったということだよ。
 まぁ、それはそれで私にとっては喜ばしいことだ。もしそうだったなら、私は君をSSSクラスのレアスキル保持者だと認定しよう」

 修一の何気ない質問から俺はレアスキル持ちになろうとしているぞおい。冗談じゃないよ、なんだその人生目標を粉々に破壊するスキルは!

「ま、それを調べるのが、拓馬君の明日行うべき仕事と言うわけだ」
「嫌ですよ! 何でこれ以上厄介ごとの渦にダイブせんとならんのですか」
「それは、たっ君がそういう星の下に生まれたからよ!」
「だな」
「だね」
「お前がたっ君と言うな!」

 鏡の理不尽な援護射撃により、俺はどんどん追い込まれていく。しかもなにげにあだ名で呼んだし。その呼び方を許しているのは円と美羽ちゃんだけだ。
 他の連中に一度でも許すと、恐るべきスピードで学校まで燃え広がりそうなのでそのあだ名は毎回否定している。
 しかし俺のリアルラックが安定して低空飛行なのは揺ぎ無い事実なので、そこについてはいまいち言い返せない。

「せめて何かメリットをくださいよ」

 今の手持ちのアドバンテージを生かせばどうとでもなるとは思うが、失敗時のリスクがかなり高い。それならせめて、任務遂行で俺の特になる特殊条件を付けて欲しいものだ。

「そうだね、なら今回の仕事をこなせば拓馬君は今回の一件からは外すと約束しよう」
「ホントですか!」

 輪廻さんは、俺の調査結果次第でこの事件に身を乗り出すつもりだろう。そこで関わりを持たなくて済むのは、かなり美味しい条件といえる。

「ああ、本当だとも。それにちょうどプールのチケットが三枚あってね。夏休みに入ったら君達で行って来るといい」

 見たまんま罠だ! 出会い系サイトの誘導よりわかりやすい罠だ!
 これには修一と鏡まで怪訝顔を示す。

「なんだい、三人揃ってその警戒の眼差しは? 私の繊細なガラスハートに傷がついたらどうしてくれるんだね」

 さも不満そうなことを言っているが、顔はいつもの微笑が浮かんでいる。どの口がガラスとかほざいてるんだよ。

「あなたの心は間違いなく硬度十のダイヤモンドパワーです。それに三人じゃ、美羽ちゃんが行けないじゃないですか」
「私は先生のお手伝いがあるから」

 俺の問いかけに答えたのは、両手にお皿を持った美羽ちゃん自身だった。美羽ちゃんは料理の盛られた皿をテーブルに置いては、次の皿を取りにキッチンへと戻るを繰り返している。
 食料運搬を一人で全部は時間がかかるし、きっと見かけより手間だ。会話を一時中断して途中から俺も加わり、料理を並べ終えた。

「で、またオムライス?」

 テーブルの献立を見て、俺は思わず聞いてしまう。
 各々にオムライスと小さいサラダが置いてある。オムライスにはそれぞれ、ケチャップで花とかぐるぐるまきで放射線状に線の伸びた太陽なんかが実に子供らしいタッチで描かれており、幼さ全開だ。美羽ちゃんがこれを一生懸命描いているところを想像すると、なんかもう、たまらないなぁ。

 しかしメニューがメニューなので、ちょっとそれだけでは済まない。ここでご飯を食べるとかなり高い確率で、ケチャップ飯を卵でコーディングしたコイツが登場する。
 何やら美羽ちゃんが輪廻さんに初めて作ってもらった想い出深い料理らしい。ただケチャップでお絵描きがしたいってだけな気がしなくもないが。

 美羽ちゃんに料理や家事などを教えたのはほとんど輪廻さんであり、この人は本来家事から戦闘まで基本なんでもこなせる完璧超人である。これで性格がまともなら素晴らしい人だとは毎回思うが、口には出さない。だって無駄だから。
 なんせ、やれば何でもできるけど自分が好きなこと以外はやらない人なのだ。だからこそ、俺はここにいるのだけどね。

「君達はたまに食べて帰るくらいじゃないか。謝りたまえ。一週間二十一食中十二食オムライスの私に土下座するがいい」

 五割超えとる! じゃあ美羽ちゃんを止めろよ。この家、卵とケチャップ消費率がすごい高そうだ。街をサーモグラフっぽく表したら、きっとこの家だけ真っ赤じゃなかろうか。

「ふえ、皆オムライス嫌い?」

 自分の好きな料理を否定された美羽ちゃんの顔が、一気に絶望へと沈む。今にも泣きそう、いや既に半泣きだ。不味い、我が家のマスコットにこの仕打ちは許されない。

「俺は美羽ちゃんの作ったオムライス好きだよ。ほら、鏡なんてすでに我関せずという勢いで一人黙々と食べてる」
「話してる時から良い匂いしてきて、お腹減ってたからね。テラウマスよ」
「っふ、むしろ俺らはオムライスを食うためここに来てるっつっても過言じゃねーさ」

 こういう時の即席なごまかしには定評のあるチームだった。普段はチームワークなんて皆無だけどな。つうか、全員揃って美羽のこと好きすぎるだろ。

「私は毎食でも問題無いがね」

 謝れ発言はどうしたよ微上司!? 野郎三人の視線が一斉に輪廻さんへ向くが、美羽ちゃんの機嫌が直り嬉しそうにしてるので、追求するのは止めておいた。

「さて、食事しながらで構わないから話を戻すよ」

 美羽ちゃんがプールに来ない。それは確実に美羽ちゃんを危険な目にあわせないためだろう。もうトラップールが確定しているぞ。
 まず、修一が身を乗り出し輪廻さんに食って掛かった。

「嫌ですよ。俺達は絶対に行きません! どうせプールと言ったって、時速十キロオーバーの殺意のこもった流れるプールや、人間一飲みにできるサイズのイカや何かが不条理に生息しているに決まってるぜ!」
「三又の槍持った半魚人が大量かもよ」
「プールサイズスライムなんてのも捨てがたいわね。エロス的にも。そしてぬめぬめの触手が、美し過ぎる私の貞操を狙うのね。いやらしいわ! 素敵!」

 俺と鏡が後に続く。三人目が下ネタにしか触れていないのが気にかかるが、そこは聞こえない振りをしてプール中止を訴える。素敵って何がだよ。

「君達は本気で失礼だな。海鳴市に今年新しくオープンするちゃんとしたテーマパークだよ」
「な、何ですってー!?」
「それは本当ですか!」

 あれ? 鏡と修一が今度は違うニュアンスで身を乗り出したよ。美羽ちゃんも凄いねー、とまるで自分が行くみたいに喜んでいる。
 乗り遅れですか? 地味にわたくし一人だけ流行乗り遅れですか? しょうがない、ここは恥を耐え忍んで聞いておこう。

「何それ?」
「去年作られたスーパー銭湯が馬鹿受けだったのを知っているかな?」
「ええ、一応何度か行ったことはありますが」

 スーパー銭湯は俺も経験済みだ。電気とか泡とか露天風呂とか色々趣向を凝らしたエンターテイメント性に富んだ風呂の数々が話題を呼び、今なお人気の施設である。
 どちらかというと、円が「水着有りで一緒に入れたら良いのにねー」と言っていたのが記憶に残っているのだけど。

「その後に続けといった感じで、ちょっとしたテーマパークが八月にオープン予定なのだよ」
「へぇ」

 あそこに類する施設なら、面白そうではある。そして、面白そうであればある程、輪廻さんの企みが怪しさを増すわけで。

「あんたホントに知らなかったの? 学校でもそこそこ話題になっていたわよ」
「うぐぬぅ」

 何か家族の話題に乗れない父親の気分だ。もしかしたら話題に上っていたかもしれないけれど、また興味が沸かずに忘れてしまったのかもしれない。

「うちのクラスの女子だって何人か行くと決めてるみたいだぜ。こりゃあ色々とロマンスの神様が仕事しそうじゃないか! みなぎってきた!」

 あ、修一が裏切った。駄目だ、撒き餌に目が眩んでいるよ。半紙並に薄いイベントが成立するより、輪廻さんトラップが発動する確立が高いに決まっているだろうに。

「あそこ限定の特製ドリンクがあるのよ」

 お次は鏡が怪しい雰囲気を見せ始める。元々こいつは面白ければ厄介ごとでも乗ってしまうので、傾けば転覆までは一気だ。

「これが原材料を見ると、青何号を筆頭に聞いたこともない化学薬品みたいなカタカナが並びまくっててね。ジュースの色も鮮やかすぎる程の色なの。これは飲まなきゃいけないわ、人として」
「そんなもの飲むなよ、人として!」

 いるよね、名作には反応薄いのに、まずそうな食べ物とかわかりやすいZ級映画に過剰反応する奴って。

「そう言えばお前、この前も訳の分からない映画をわざわざ買ってたよな」
「死霊の盆踊りは不屈の名作なんだよ! このド畜生が!」

 ああもう駄目だ、キャラまで変わっとる。あっという間に二人が陥落してしまうとは。だがまだだ。まだ最終防衛ラインとしてこの俺自身がいる。

「俺は反対だ。三次元もゲテモノも、俺の魂は揺さぶらない!」
「家族連れも多いから、小さい子供達も多いだろうね」
「全くもって夏休みが楽しみですね」

 魂が振動を与えた豆腐のようにブルブル揺れまくった。

          ●

 お話と食事も終わり、駄目人間ズ三名は鏡の部屋にて、我が物顔でゲームなぞしてくつろいでいる。
 輪廻さんは、論文を仕上げると言って、自分の部屋に戻って行った。本気だったんかい。やばい、完成品が読みたくなってきた。

 俺は駄目人間ズの一員に加わる前にポイント稼ぎしようと、台所で後片付けしている美羽ちゃんを手伝うために突撃したが、これはわたしのお仕事だからと丁寧に断られた。
 諦めて凹みながら駄目人間ズに加わったら、フラグを立てる努力を円にしろよと言われた。スルースルー。

 どいつもこいつも、やたら円と俺をくっつけたがるよなぁ。人の前に自分の心配をしろよな、特に修一。
 やがてゲームがイカサマ飛び交う賭博になり、しまいにはリアルファイトに発展しかけたところで、美羽ちゃんがお風呂を伝えに来た。パーティーゲームではまず有り得ない殺気立った連中に、若干引いていた感は否めない。
 ここは美羽ちゃんを安心させるためにも、俺が彼女へと近付く。

「じゃあ、美羽ちゃん、久々に俺と一緒に入ろうか?」
「うん、良いよ! それじゃ準備してくる――」
「てめえ、ナチュラルに性犯罪へと走ってんじゃねえよ!」
「真性なのは皮だけにしておけと言ったはずよ、ガチロリータコンプレックス!」

 後ろから修一のラリアットが直撃し、ダウンして悶絶する俺。そこへ鏡がストンピングの嵐を浴びせる。理由はともかく、結局リアルファイトは避けられなかった。

「痛い痛いって! 俺は兄として純粋に妹の成長過程を見届けようとしただけだ。真性じゃないしロリコンでもない!」
「なら仮性なの?」
「貴様もたいがい自重しろよ。下ネタゴスロリ!」

 ゴスロリ野郎にツッコミをいれて、後頭部をさすりながら立ち上がる。軽く焦点が定まらないくらいに、酷い仕打ちをされてるんだけど。

「あはは。じゃあお風呂は諦めて、代わりに一緒に寝ようよ、たっ君」
「うーん、了解」

 空気を読んだ美羽ちゃんが、苦笑しながら代案を提出した。千載一遇のチャンスは逃したが、代わりに最高級の抱き枕を入手したので妥協しておくとしよう。

 こうして明日は出来レース並のアドバンテージを持っているのにも関わらず、かの提督にギリギリまで追い詰められるなんて夢にも思わないままに、夜はふけていった……。
 そうして次の日の朝。

 抱き枕に、何故か逆に抱きつかれていた俺は、いつもなら有り得ない時間に起床し家へと帰った。円に昨日の展開を悟られないようにするためだ。
 帰る間際に、乙姫様(雄)から学生鞄という名の玉手箱も渡される。犯人はこいつか!

「いやあ、どんな性春グッズが入ってるのかなと」
「しまいには訴えるぞ、真性ストーキングゴスロリ」

 中身までしっかりと漁られている。そりゃあ管理局からは、何も言われないだろうさ。
 そうして、たぶん今回のオチ。
 時間が何度も前後してしまうが、学校出発前の出来事。

「たっ君、これは一体何かな?」

 円は両手に一冊ずつ、それぞれ厚さの違う長方形の何かを持って俺に見せつけた。

「え? あれ?」

 それはどちらも、ここにあるわけがないもの。だから、俺には一瞬状況すら理解できなかった。

「昨日は晩御飯作ってあげられなかったから、今日は代わりにお弁当作ってあげたんだよ」

 面倒臭がって鞄の制服そのままにして、予備を着たのが間違いだったか。それ以前に、奴らが触れた物を確認しないことが浅はかだったなぁと、心底思う。

「それで鞄に入れようとしたら、ぐちゃぐちゃの制服とコレが入っていたの」

 右手には例の限定版エロゲー、左手には“外世界貧乳図鑑”。貧乳図鑑はタイトルを読めるわけないし、中を見たのか。
 鏡め、こいつは年取る煙よりたちが悪いぞ。フラグ、立てるどころかバッキボキじゃないか!
 殺意の波動に目覚められたとしか思えないオーラを放つ円様が、じりじりとこちらににじり寄ってくる。俺はというと恐怖で汗をだらだら流し、指一本すら動かせない。妖怪鴉とか死の恐怖とか、そんなものとは比べ物にならない圧力だ。
 ぴちゅーん。
 それでも、円の作ってくれたお弁当はとても美味しかったです。まる。