鴉に襲われて素敵なロリっ娘……魔法少女達に救助され、アースラ訪問し転送により家に帰還して数分後、今更になって学校鞄が無いことに気付いた。確か、鴉からの逃走中、邪魔だからどこかに一時放棄したんだったか。

 教科書や筆箱なんかはいつも学校に置き去りだから問題ないが、着替えた学生服がそのままINしている。ゲームに引き続き、学生服までロストだよ!
 探しに行こうかと考えたが、すでに管理局員が見つけて回収しているはずだ。その割には、向こうで鞄の情報は何ももらっていないのが気にかかるが、それは明日確認すればいいだろう。

 時間はすでに夜八時だし、かなり腹も減った。いつもは円が作ってくれるか、自分で簡単なのを作るかのどちらかだ。
 だが今日は円が来てくれないし、もう自分で作る気力も起きやしない。よって一人暮らしの心強い味方にして、炊事の堕落を誘う天敵、カップ麺に頼ることにした。

 それと、カップ麺すすりながらネットであのゲームの初回限定版の在庫を捜索しよう。駄目元だ。
 暫定的に今夜の行動方針を決めたし、カップ麺の準備のため部屋から出ようとドアノブに手をかけた時、携帯からけたたましいサイレンが鳴り響いた。

 奴だ……! この着信音は奴にしか設定していないっ! 携帯の着信音名は“ワーニング”。何の捻りもないストレートな名前だが、それ故にこれを使用されている人間は非常に危険な人物だ。
 それも家に帰って数分のこのタイミング、どう考えても確信犯に違いない。できることなら気付かなかったことにしたいが、知られているにせよしないにせよ今日の報告はしないといけない。心の底で出るなと叫ぶ本能に全力で抵抗し、携帯の通話ボタンを押した。

「やぁ君の素敵な美人の上司、略して美上司の黄泉塚輪廻(よみづか りんね)さんだよ」
「黙れ、どこまでも素敵に微妙な上司、略して微上司」

 電話から聞こえてきたのは予想通りの声だった。妙に艶っぽい声は、のっけからの駄目発言で全て台無しとなっている。

「おやおや、ご機嫌斜めだね。それもあれだけの目にあった上、大事なゲームまで粉砕玉砕大喝采では致し方ないか」
「堂々と人の不幸を喜ばないでください! て言うか見ていた上で放置かよ!」

 やっぱり見られていた。しかも言葉だけじゃなくて声までハイテンションで喜々としている。なんて上司だよ!

「私が知ったときにはすでにあの二人が君を護っていたのだよ。そもそも下手に手を出したら、君の正体がバレていたと思われるけど?」
「それはそうですけど、とでも言うかと思いましたか? せめて念話で鴉がどこから攻めてくるか教えてくれてば、どうにでも手は打てましたよ」
「そんなことしたら私が見てて楽しくないじゃないか!」

 至極あっさり本音を出したよこの人! それもこれもいつものことだから一々怒ってもしょうがないと自分を抑え付ける。それにこっちの事情を知っているなら、一部説明の手間が省けたとも言える。

「まあそんなことはどうでもいいんだ。色々話があるからこっちに来たまえ。というか今から強制転移させるから」
「わかりました」

 こちらも今後のため、たとえ嫌々でも話さなきゃならないことはある。大人しく従ってさっさと終わらせてしまおう。

「なんだ、案外素直だね。今日はこれから円君と二人っきりで甘酸っぱいストロベリックなイベントでも起こすかと思っていたのに」
「それはないです。そして名詞に活用形の出来損ないを付加しないでください」

 この転送の本意は、別方向からの嫌がらせだったのか。しかも明後日の方向を向いてて、勝手な言いがかりまで付属している。

「ならば甘々かね」
「そんなイベントの前にそもそもフラグを立ててない!」
「なんだ、未だに何もしていないのかね君は。一体何年そのどっちつかずな関係を続けるつもりだねこのヘタレ童貞君。やりたい盛りな年頃なんだからさっさと押し倒――」
「あんたこそさっさと転送しろ微妙なセクハラ上司!」

 そうして俺は、身勝手な自称美上司の他称微上司によって、いつも通り強制的召集を受けることになった。

 自分の足元に魔法陣が出現。魔法陣の形式はミッドに似てはいるが、細部が異なり輪廻さんのオリジナル改変が加えられている。魔法陣が強く輝き、円柱となって俺を囲んだ。これは転送するための必要事項ではなく、単に獲物を逃さないための包囲である。
 そのまま次の瞬間には、周りの景色が一変していた。

「やあ、よく来てくれたね。拓馬君」
「言い飽きるほど言ってきましたが、強制召還した人が言う台詞じゃないですよ」

 召喚先は輪廻さんの自室で、ぱっと見た感じは殺風景の一言だ。しかし床に目をやると配線だらけで、この部屋の住人の特性をよく示してくれている。
 ここに通されるのは身内に限っているので、内装に気を使われていないためだ。白い壁にフローリングの床、日本以外の言語で書かれている分厚い本がひしめいている本棚が三台。その内二台は容量一杯まで敷き詰められて、右端の棚のみ一部がぽっかりと開いている。

 おそらくは目の前のデスクに乱雑に積まれている子達の居場所だったのだろう。一番上だけ本の背表紙がこちらを向いてた。時代を感じさせるくすんだ青の上には、ただインクで刷られただけではない装飾がかけられた銀色の文字が見える。これも年のためか装飾の一部が剥がれ落ち、下地の黒文字に仕事を取って代わられているようだ。
 定年退職させて古本屋に持っていけば、希少価値という名の付加属性がかかりそうだ。

 肝心の文字は――現代のミッドチルダで使われている言語で“外世界幼女貧乳図鑑”。
 あの世にいるであろう作者よ、今すぐそこから飛び降りろ! そして、俺と男のロマンについて夜通し語り合おうじゃないか。

「あはは、これは来週学会に発表する論文の資料だよ」
「あんたはいつ囲炉裏の会に入会したんですか」

 輪廻さんは俺の視線を察して、ひんにう図鑑を手にとり表紙を見せた。やはりタイトルさえ見なければ普通に高そうな本だ。そういや著者が書いてない。

「ちなみにこの本は聖王という役職が現役の頃、自分の信頼できる部下だけを使い作り上げた、全次元に一冊しかないと言われる希少本を私が翻訳したのだよ。作成したのがずいぶん昔で、私が君達と出会うよりさらに前だったかな」

 絶対嘘だ。ていうかそれだとリアルロリが、ひんにう図鑑訳したことになるぞ!?

「歴史的人物にロリコン疑惑をかけないでください」
「ふふん。こいつの原本はかつて管理局には無限書庫に寄贈しろと脅されて、聖王教会にも鑑定のために寄越せといわれた稀覯本なのだよ?」

 嘘だと言ってくださいバーナード・ワイズマン。もうこの際、竜宮礼奈さんでもいいですから!

「時空を束ねる政府が、そんな変態の巣窟だったなんて!」
「元政府のモルモットだったくせして今更何を言ってるんだね?」
「変態は上層部の一部だけと信じてましたよ。そんな普通の部署にまで変態がいるとはなぁ」

 あいつらは変態と言うか人権を華麗にスルーする類の下種だ。それでも別種にクソみたいな連中だったことには変わりないので否定はしない。

「それは残念。そもそも君達がこれまで消してきた連中すら、氷山の一角に過ぎないよ。まあ、君らが暴れたために起きた土砂崩れにより勝手に再起不能になった者もいるけどね」

 わかる人が聞いたらから完全に爆弾発言の応酬連打な会話に終了を告げる足音が響いてきた。足音はドアの前で止まり、こんこんと規則正しく二度ドアがノックされ、俺と輪廻さんは視線をドアに移す。

「先生、たっ君が来たんですか?」
「ああそうだよ。入ってきてくれて問題無い」

 ドアの向うから幼さを感じる声に、輪廻さんは俺との会話ではまず発声しない優しさを含んだ声色で答える。その返事を聞いた少女は、ドアを勢いよく開けて室内へと入ってきた。

「いらっしゃい、たっ君!」

 黒い髪をみつあみに結った小学生くらいの少女、黄泉塚美羽(よみづかみう)ちゃんが俺を見るなり満面の笑みを浮かべて挨拶してくれる。幼いからこそできるのだろう魅力に満ちた、快活な笑顔だ。
 俺と美羽ちゃんは結構な年の差だが、ほとんど妹みたいな存在のため敬語で会話することはほとんどない。俺も輪廻さん相手には滅多に見せない出来る限りの優しい笑顔で、こんばんはと一緒に美羽ちゃんの頭を撫でる。
 美羽ちゃんは俺の手を受け入れてくすぐったそうにまた顔を綻ばせた。しかしその笑顔も、俺の手首の包帯を発見したことにより失われてしまう。

「手、大丈夫!? わたしが治療しようか?」
「大丈夫だよ。ちょっと理由があって今日は治療しない方がいいんだ」
「そう、ならいいけど……」

 外世界の治療レベルは地球の現代医学とそうかけ離れたものではないために、服の下にはまだあちらこちらに薄い傷が残っている状態だ。
 手首も、包帯を取ればまだ生々しい傷が顔を覗く。円に悟られないようにするため、包帯は外して時計かそこらで手首隠す必要があるなと、美羽ちゃんを見て思った。

 隠しようのない首の部分の傷は、すでに目立たなくなっているのがせめてもの救いだ。

 美羽ちゃんは某大作RPGなら僧侶の立ち位置にいる。自然治癒能力の限定的な促進、それが彼女のスキルだ。この少女の治療能力は本人のレアスキルと相成って、本来なら有り得ないレベルのものであり、この程度の傷なら数分で完治させてしまう。

 美羽ちゃんの容姿も相まって、うちではマスコット的な存在なのである。
 魔法の存在が公になっている世界でなら、多くの人々が美羽ちゃんのスキルを欲するだろう。だけど地球でこの力を振るうならば、それは異端者でしかない。このスキルを持ってしまったがために悲しい人生を送っていた美羽ちゃんを、輪廻さんが攫ってきて一緒にここで暮らしている。その扱いは部下よりも娘に近い。

 拾うでも、雇うでも、まして匿うでもないところに輪廻さんらしさを感じる。
 この子は、メンバーの中でも特に一番生傷絶えない俺にはかなり重要だ。この部屋に来たのも、俺のダメージを確認しにきてくれたのだろう。

 我が組織では唯一まともな感性と性格を持った良い子で、もういっそ輪廻さんじゃなくて俺と一緒に暮らし欲しいくらいだ。ビジュアルと癒し的な意味で。
 ただ、今治療してしまうと明日変に勘繰られる原因を作ってしまうので、今日のところは丁寧に断った。

「さて、こんなところで立ち話もなんだし、居間でこれまでのいきさつを聞こうじゃないか」
「わかりました。行こうか美羽ちゃん」
「うん!」

 この家は結構広い。一軒家の四階建てで、主に暮らしているのは輪廻さんと美羽ちゃんの二人だけだ。
 だが、任務で他のメンバーが泊まることも稀にあるため、全員分の専用部屋が用意されている。他は資料室や実験室などに改造されているが、それでも空き部屋はいくつかあるといえば、家の規模はだいたい想像がつくだろう。

 輪廻さんの部屋と居間は同じく一階で、輪廻さんが呼び出す場所は大抵このどちらかだ。
 三人で居間へと移動すると、そこには残りの面子がテーブルで二人、向かい合うように座っていた。
 手には黒い携帯機を持っており、様子を見るにゲームで対戦しているらしい。

「お、やっと来たのかぁって、やられるやられる!」
「お前らも呼ばれてたんだ」

 今話しかけてきた男は檜山修一(ひやま しゅういち)。茶髪で中々に整った女性受けのよさそうな顔立ちをしている。見てくれだけなら今時の若者って感じの男で、おまけに金持ちのボンボンでもある。
 これで「俺の夢はツンデレな子を恋人にして俺専属のメイドになってもらうことだ!」なんて堂々と公言したりしなければ普通にモテるだろうに。低いはずの人生難易度を、自分から上げまくっている変態。総括すると、残念なイケメンだ。

 もう片方は長い黒髪にゴスロリルックで右耳に青いピアスをつけており、名前は北城鏡(きたしろ かがみ)という。顔の造形は、何度か別のクラスの男子に告白されているといえば充分だろう。最近体育教師に言い寄られてウザいと愚痴をこぼしている。

 容姿端麗で頭脳も明晰、男を惑わす才能にまで長ける、俗に言う“男の娘”である。そりゃ自分のクラスの男子には告白されないよ。体育教師は……。うん、人の趣味を自分の感性だけでとやかく言うのは、良くないことなんだよ?

「ぎゃー!」

 たった今敗者になったと思われる、一人の男が絶叫した。このテンションは、何かを賭けてるな。

「よし! これで“ヒガシのココロ”限定グッズをゲットよ! さてと、今日はご苦労様だったわね拓馬」

「俺の存在はエロゲーのおまけ以下か」

 いると分かって尚、対戦が終わるまで視線一つこちらに向けないあたり、根本の性根の悪さは二人のうちどちらが上かよくわかる。

「なによ、鴉から逃亡するあんたを、熱い視線を送りながら見守ってあげたのに!」
「どこからストーキングしてやがった、脳内常時メルトダウン中の変態女装野郎」

 輪廻さんに情報を送ったのはこいつか。俺がテーブルに座るのを待ってから、鏡は話を続けた。

「えーと、学生服でトイレに入って私服で出てきたあたりから。そりゃトイレで着替えてたら気にもなるわ」
「事が始まる前からかよ! マジでストーカーしてるんじゃあないぞド変態!」

 女装趣味の同級生に尾行されながら、エロゲーを購入する高校二年生。平穏とはあまりに程遠い光景だよな。

「あらあら、そーんなこと言っていいのっかなー!」
「それは!」

 鏡はノリノリで歌うような調子で、自らが座る椅子の横に置いてる鞄から、長方形のケースを取り出した。それを見た俺は、ただただ驚愕する。

「フフフ、私はネット通販で予約してたのよ。私が終わってからなら、あんたの心根一つでこれを貸してあげてもいいんだけどなぁ?」

 それは数時間前粉々に砕けて散ったものと同じエロゲー、それも初回限定版だ! ちなみに、ここの不良学生共は、全員揃ってアキバ系である。せめて美羽だけは健やかに育って欲しい。

「さあ、どうする? どうする暁拓馬!?」
「ぐぐぅっ、貴様の手によって汚された後のヒロインなんて、俺は……俺はぁ」

 エロゲーを掲げた鏡が、横に座っている俺にじりじりと距離を詰めてくる。
 無視して退いてしまいたのだが、傷の一つもないパッケージからほんの数時間前まで無事だった自分のゲームを思い出してしまい、視線を外すことができない。

「皆、えとぉ。お、お腹減ってるだろうから、私夕食温めて来るね!」

 三馬鹿プラス微上司のせいで、同級生達より先に大人の階段をいくつか上ってしまっている美羽ちゃんは、顔を真っ赤にして台所の方へ走って行ってしまった。健やかに育ってくれる、よね?
 鏡も美羽ちゃんのあからさまな逃避行動により罪悪感が沸いて、興が削がれたらしい。「ちぇ」っと呟いてから元の位置に座り直した。

「ま、これは後でね」

 後で何なんだよ! とは口に出さないでおく。
 その代わりに、一連の状況をニヤニヤしながら見守っていた輪廻さんがようやく口を開いた。

「さて、それじゃ話してもうとしようか。鴉を退けた後、我らが大敵時空管理局へと転送され何があったかをね」

 俺は輪廻さんと不愉快な仲間達に、アースラで起きただいたいのイベントを話していく。皆が時折相槌を打つ程度であり、話の終わりまで静聴していたので、まっとうな空気だ
 そしてまず輪廻さんが、

「なるほど。それで拓馬君は、そのおっぱい女医の中で性春少年キャラとなったわけだね」

 そう、第一感想を述べた。この鬼畜が!