高町なのは。
 中・遠距離の射撃戦を得意とする後衛タイプのAAAランク魔導師。後衛といっても単独戦闘をこなせる程、極めて高い戦闘力を有しており、そこいらの魔導師など物の数ではない。
 堅牢な装甲を誇り、魔法少女と言うよりはむしろ魔砲少女と呼んだ方がしっくりする砲撃魔法を有する。

 フェイト・テスタロッサ・ハラオウン。
 近から中距離の高速戦を得意とする前衛タイプのAAAランク魔道師。クロスレンジを最も得意としているものの射撃も平均以上に行える言わば万能型だ。
 スピードのために装甲を殺してはいるが、そもそも直撃させること自体が困難を極める。

 そんな幼きながら超エリート二人が、弱者をいたぶることしかできない厨二病患者の餓鬼に負ける理由があるなら教えて欲しい。実際、決着までは数分とかからなかった。

「ハーケンフォーム!」

 フェイトちゃんの斧、もといデバイスであるバルディッシュ。そのバルディッシュに付いているリボルバーからカートリッジが一発使用され、魔力刃が展開した。
 フェイトちゃんの自身の姿もマントやスカートが消えて、さらに軽装となっている。高速戦型魔道師がさらにスピードを追求した形態で、俺のところへ瞬時にすっ飛んできた。

 メガネは、少女達が杖を回収して動き出してから、ようやく自分がかなり追い詰められていることを把握したらしい。
 それでは遅すぎる。その程度の練度では勝負できる土俵にすら踏み込めない。

 我がゲームの憎き仇である鴉はあっけなく金色の刃に叩き伏せられ、ピクリとも動かなくなり羽へと還元された。
 鴉を倒したことを確認したファイトちゃんは、すぐさま自分の黒いリボンを片方だけ解いて、俺自身が切り裂いた手首より少し下にきつく巻きつける。

 血の勢いが確かに緩んだ。ただし、理由はリボンだけではない。止血に微力ながら“相棒”の力を行使した。
 こいつはちょっとした賭けだ。ごく少量ながらも、俺から発生した魔力を悟られれば負け。かと言って、演技と迫力優先して少しばかり深く切ったので、このままってわけにもいかない。
 魔法の使用はバレれば後で必ずつつかれるので、現段階で賭けの勝敗は考慮すべき事項ではないだろう。

 だから、最速で平穏に帰還するため他に優先すべきは、フェイト達を丸め込むことだ。
 俺はさっきまでの態度が嘘の様に呆けた面と弱々しい視線を、自分の手首とフェイトちゃんの順番で合わせる。嘘なのは今の態度の方だけど。

「もう大丈夫です! すぐに治療ができる場所まで転送しますから」

 俺を励ます少女の目は力強い。だが、うっすらと涙が浮かんでいる。
 俺はがくがくと身体全体を微振動させながら、崩れるように両膝を着いた。その身体をフェイトちゃんは力強く抱きしめてくれる。

 この優しさがフェイトちゃんの本質なのだろう。慈愛に満ちた少女で、このペテン師には勿体無い行為だ。そう思いながらも、震える身体をフェイトちゃんへと預ける。
 これで、さっきの行動が素ではなく演技だと思い込ませることには成功しただろう。この子達の中にいる俺は、ただの一般人でなければならないのだから。

「アクセルシューター!」

 なのはちゃんの方は襲いくる鴉達の弾丸を全て魔法障壁で防ぎ、逆に二桁を超える誘導性の魔力弾で次々に撃墜していった。
 一発を回避しても止むことなく次々と死角から飛んでくる桜色の魔力弾は、軽々と鴉達を蹴散らしていく。

 メガネも必死に残りの羽を使用して鴉を生産するが無駄な足掻き。ワンサイドゲームとなった戦いを、一ミリたりとも揺るがすことは叶わなかった。
 全滅? 十二羽の鴉が全滅? 三分も経たずにか?

 思わず口に出してしまいそうになった。なのはちゃん白いし、鴉黒いのでアレが思い浮かぶんだもん。白い悪魔スゲー。

「くそおおおおおお!」
「逃がさないよ!」

 鴉達の完全敗北を悟ったメガネは、半泣きになりながら今更出口へと走る。
 そんな幼稚な行動を読んでいたなのはちゃんは、逃げるメガネの手と足を拘束魔法で拘束した。

「ディバインバスター!」
「うわああああああああああ!」

 なのはちゃんの杖、レイジングハートは先端を円形から槍型に変形。己が姿を基本形のアクセルモードから、砲撃形であるバスターモードとチェンジし、主砲“ディバインバスター”を発射する。
 巨大な魔力の塊に襲われたメガネは、部屋の壁の隅っこまで吹き飛び壁に叩きつけられた。叩きつけられてもまだ桜色の光は止まることを知らず、メガネを痛めつけ続ける。格闘ゲームなら何十コンボになるのかな。

 砲撃が終わってボロ雑巾のように床に転がって気絶したメガネに、衝撃によって舞い踊る埃が哀愁漂う負け犬トッピングを施した。
 管理局魔道師の非殺傷設定は手加減ではなく安全に本気出すための手段らしい。俺からすれば、安全にという時点でそれは手加減だろうと思う。思うのだが、フェイトちゃんに抱かれたままあれを見てるとなんだか納得してしまった。

 戦闘では意外に容赦ないとは聞いていたが、正直ここまでするとは。人質作戦でかなり憤りを感じていたらしいことがよく窺える。
 不正を嫌う少女の怒りを見た。側面攻撃には弱いようだが、しくじると後が恐いな。

 なにはともあれ、仇はとったよマイゲーム。でも最終的に、最も重傷なのって俺なんだけどね。
 メガネをフルボッコして逮捕し、要救助者をあまり無事ではないが救い出した少女達は、自分達の母艦へと帰還した。

 その後派手に自傷した要救助者は、治療によってあまり無事ではないから大人しくしてれば大丈夫にまで、己のランクをダウンさせる。
 大丈夫ですと断りを入れたが、金髪で豊かな胸のお姉さんに輸血までしてもらった。至れり尽くせりだ。

 残念ながら俺のきょにう萌え属性は人並みなので、脳内がお花畑になってむしろ別の箇所から再出血するという展開には発展しなかったが。それよか、ちゃんと保険下りるんだろうな、これ。

 てきぱきと輸血を終えベッドの上に腰掛けたところで、何度見ても愛らしい二人の美少女が現れた。安堵した彼女達との挨拶もそこそこで始まるのは、なのはちゃんとフェイトちゃんによる医務室でのスーパーお説教タイムである。
 場所と相手を考えればお説教より、お医者さんごっこに興じたい。物凄く興じたい。

「どうしてあんな危険な真似なんてしたんですか!」
「すごく、心配したんですよ……!」

 さっそく理由を追求するなのはちゃんと、悲しそうな表情で言葉を紡ぐフェイトちゃん。かんなりお冠のようだ。
 だけど、お説教を迅速に終了させる手段はすでに用意してある。途中で修正は幾度かあったにせよ、これまでもこれからも俺のシナリオからは外れない。

「二人が危険な目にあってたから。それを考えたら人質なんて」
「でも、一歩間違えたらあの傷が原因で死んでたかもしれないんですよ?」

 実際に間近で傷を見た、フェイトちゃんのお言葉だ。今の会話で魔法で止血したのがバレてないことを確信した。本当はあらかじめ安全を確保した上での行動だったが、それをこの子達は知る由もない。

「だって、俺に構わずなんて言っても君達は戦えなかっただろ?」
「それは……でも、あんな無茶をしていい理由にはなりません!」

 お説教脱出作戦の主な狙いは、“あんな無茶”な傷を直に見たフェイトちゃんだ。この子には俺を怪我させてしまったという精神的な負い目が、なのはちゃんよりも数段強い。
 俺を物理的に運送してくれた少女は、自分が鴉の奇襲に対応できていれば俺を人質にとられずに済んだ、という罪悪感が根付いているからだ。その本質たる優しさと、責任感故に。
 ならば人質の件を楯にとれば、フェイトちゃんはすぐ責任の矛を自分に向ける。

「元はといえば俺のヘマが原因なんだよ! いくらこれが君達の仕事だからって」

 全部言葉通りに俺のせいですと言わんばかりに声を荒げて、両手で自分の膝を叩く。そして衝撃が傷に伝わったように顔をしかめた。
 二人の心配そうな表情に、「大丈夫だよ」と微妙に大丈夫じゃない表情で返しす。こうすることにより、怒りより先に同情を買う。ベタな手だが、同じくらいベタな性格してる少女達には効果は抜群だ。ボールに収納できてポケットに入る怪物の、中でも地面と岩属性のヤツに水ぶっかけるくらいに有効だろう。
 案の定、フェイトの言葉の刃先は、俺から彼女自身へと向けられた。

「あれは拓馬さんが悪いんじゃありません! 私が鴉達の奇襲にもっと早く気が付けば」
「それはフェイトちゃんが悪いわけでもないよ」

 なのはちゃんの言うことは尤も。俺も初め、鴉の奇襲に気が付かなかった。
 あの鴉は部分的に見れば結構高性能だ。壁を砕くパワーを持ち、連射に秀でた射撃魔法。攻撃の寸前まで攻撃を悟らせないステルス性も備えている。何より、複数の同時行使を可能なのが大きい。

 操っていたのがあのメガネだからよかったものの、その道のプロが扱うとなると笑えないレベルの暗殺スキルに化けるだろう。
 年齢以上に実戦経験の豊富なフェイトちゃんが、そんなことに気付かないはずがない。それでも、自分を責めてしまうのが彼女の美徳であり悪癖だ。
 論点がズレて俺への怒りが一時的に薄まる。怒りといっても、元々心配が温床の優しい怒り。最終的に許すことを前提としている怒りなら、薄らいでいる間にこちらから仕掛ければいい。

「どんな理由であれ、結局はすごく心配かけちゃったことに変わりは無いんだ……。ごめんね。そして、俺のために叱ってくれてありがとう。二人の気持ちは、ちゃんと伝わってるから」

 なのはとフェイトの手を片方ずつ握り、謝罪とお礼を同時に行う。そのまま、なのはちゃんとフェイトちゃんを見つめ続けた。彼女達の返答をすぐに促すために。
 虚を疲れた二人は一瞬だけ驚いて、すぐ怒った表情に戻そうとするも、結局は俺の目を見て溜め息をついた。
 そのまま普段からしているのであろう、優しい表情へと変化する。

「わかってくれているんならそれでいいです」
「もう、あんな危険な真似は絶対しないでくださいね」

 お説教の終わりを示す言葉が、二人から紡がれた。俺は真面目に力強く頷いておく。
 その返事を見届けた彼女らは、納得したように部屋を出て行った。この子達はこれでいい。できれば携帯番号を入手したかったが、流石にそんな空気じゃなかったし、諦めることにした。
 なのはちゃんとフェイトちゃんがドアを閉めて去っていったタイミングで、空気を読んで背景と同化していてくださっていたヤンママ風なきょにうお医者様が、微笑を浮かばせながら声をかけてくる。

「これ、壊れちゃってるけど現場検証しに行った人たちが回収してくれた、君の持ち物だそうよ」

 そう言って、砕けたプラスチックとディスクの残骸が入った透明なビニールを俺に手渡してくれた。……透明?
 砕けていても、パーツを見ればだいたいこれがどういう品かはわかるだろうし、ゲームのパッケージをぱっと見ただけでも、世間一般人的にこれの所持者はそうとう痛々しいと思われる。

 しかしながらこれを男女がアレをナニするゲームとまではわかるまい。けれど、これらの商品には共通してあるものが付いているのだ。ビニールから見える、『十八歳未満はプレイしちゃ駄目よん』と堅苦しく書かれたシルバーの円形のシールがとても忌々しい。
 さっきの大騒ぎなら、なのはちゃんとフェイトちゃんがこれを何か判別するための時間は最初から最後までなかったはずだから、そっちの心配は必要ないはず。問題は、これを俺に手渡した人だ。

「年頃のオトコノコだからこういうのに興味があるのはしょうがないと思うけど、程々にしなきゃ駄目よ?」
「……はい」

 純で不純な少年にはお説教よりもこっちの方が大打撃だよ! 肩を落とす俺を、金髪で大人のおねー様がくすくすと笑う。くそ、精神的なアドバンテージを取られた。
 そろそろ明かしてもいいかと思ったけど、悔しいからお医者おねー様の本名は出さないことにする。思春期の少年を見守るような優しげな笑みが、逆に辛い。

 俺は落ち込むのもそこそこに、これからのことに思考の大部分を割く。本当に面倒なのはこれからだ。
 この後確実に待っているだろう取調べ。中身はこの世界のことと、外の世界のこと。そしてフェイトちゃん達自身と彼女達が所属する組織についても、全て説明されるのは間違いない。

 色々と説明されて、逆に質問されることもある。そんな気はさらさらないが、下手に反応して全部知ってる事がバレるわけにはいかない。これ以上平穏が揺るがされないよう、この事件の情報も最低限は仕入れなければ。
 さらに、家に帰ってからも“あの人”へ今日起きたことに対しての報告が必要だ。きっとやたら興味を持つだろうから、自分にその火の粉が降りかからないようにしないと。これが一番難しいんだよなぁ。
 思いっきり気が滅入るが、厄介ごとに巻き込まれるのはいつものことだし、覚悟して乗り切るしかない。

 少しの間だけ、さよならばいばい日常君。そしてこんにちは。しばらくよろしくね、非日常君。